森咲智美 2018年11月22日号

やくみつるの「シネマ小言主義」 仲代達矢にしか演じられない「現代版リア王」 『海辺のリア』

掲載日時 2017年06月09日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年6月15日号

やくみつるの「シネマ小言主義」 仲代達矢にしか演じられない「現代版リア王」 『海辺のリア』

 仲代達矢をして「ああ、遭遇してしまった、今だからこそできる作品に」と言わしめた、老優の末路の物語。
 半世紀以上も舞台、映画にと活躍し、俳優養成所まで主宰していた大スターが今や、認知症で娘や娘婿の顔も分からない。しかし、ただ歩いているだけなのに醸し出される、ただならぬ風格と老いの哀しみ。
 まさに御年84歳の仲代達矢でしか到達できない境地であり、「仲代達矢へのオマージュ」の映画です。もちろん遺作になっちゃ困りますが、渾身の演技で後年語られるべき作品となるのでしょうね。

 しかし、今の自分にとっては、あまりにグサグサくる設定で、結構、辛いものがありました。
 というのも、先日亡くなった母をホームに入れてしまったことへの悔悟の念に、日々苛まれているからです。痴呆の症状が出てきたものの、母本人が「入る」と望んだ老人ホームでした。
 でも、本当は自分らが面倒見ることもできたのに、その義務も立場も早々に放棄したことを日々責め苛んでいるところに、黒木華演じる老優の隠し子が、俳優養成所の弟子でもあった娘婿に対して「あんたは親を棄てたんだ!」と何度も叫ぶシーンを見ていますと、もはやこちらに剣先を向けられているとしか思えず、重い気持ちになりました。
 週刊実話の読者世代ならば、多かれ少なかれ、老親の介護や認知症問題に直面されていると思われますので、自分のように親孝行の手遅れになる前に、本作を見ておいた方がいいのかも。自分も、あと半年早くこの映画に出会っていたら、親に対して違った接し方をしていたかもしれません。

 そんな親の問題といいつつ、老後の処遇というのは遠からず自分自身の問題でもあります。特に子供のいない我々の場合、自分で道筋をつけなきゃなりませんから。
 今話題の倉本聰脚本の連続テレビ番組の『やすらぎの郷』みたいな悠々自適な老人ホームなんて、誰もが入れるもんじゃありませんし…。まあそういう意味でも、この映画に漂う孤独感と、認知症になって俗世から解放された自由さは、特殊なようで普遍的な設定なのでしょう。

 ところで、何もかも忘れてしまった主人公が、かつて何度も演じたリア王の狂気のセリフをとうとうと語る場面が見せ場の一つ。でもこれ、リア王のストーリーを知らない人はピンとこないかも。自分は事前にウィキペディアで調べて臨みました。
 本作を見る前に、リア王のあらすじを頭に入れておくことをお勧めいたします。

画像提供元:(C)「海辺のリア」製作委員会

■『海辺のリア』監督/小林政広
出演/仲代達矢、黒木華、原田美枝子、小林薫、阿部寛
配給/東京テアトル

 6月3日(土)テアトル新宿 ほか 全国ロードショー。
 役者として半世紀以上活躍した桑畑兆吉(仲代達矢)。認知症の疑いがある兆吉は、家族に裏切られ、高級老人ホームへ送り込まれる。そんなある日、施設から脱走した兆吉は、シルクのパジャマ姿にコートをはおり、あてもなく海辺をさまよううちに、娘の伸子(黒木華)と突然の再会。兆吉が妻とは別の女に産ませた子だったが、その伸子が私生児を産んだことから家を追い出した過去があった。兆吉は再会した伸子に、シェイクスピア作の『リア王』の娘であるコーディリアの幻影を見る。

やくみつる:漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。『情報ライブ ミヤネ屋」(日本テレビ系)、『みんなのニュース』(フジテレビ系)レギュラー出演中。

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