菜乃花 2018年10月04日号

人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第25回

掲載日時 2016年07月04日 14時00分 [政治] / 掲載号 2016年7月7日号

 時に、田中角栄郵政大臣の最大の懸案は大量のテレビ局免許申請に対し、どう大タナを振るうかであった。
 NHKと日本テレビが開局して以来、全国からテレビ会社設立申請が殺到、その数、実に86社153局に達していた。申請者の多くは全国各地の新聞社が主体の上、地方の経済界有力者も絡んで、どれを取り、どれを捨てるかは至難のワザと言えた。田中以前の郵政相はこの決定をひたすら先に延ばすことで、お茶を濁してきたのだった。田中にとっては、説得力、根回し、度胸など、まさに政治家としての力量が問われる場面と言ってよかったのである。
 ところが、田中はこの難題を電光石火、郵政省の幹部ら事務当局一部の難色を一蹴、直ちに「大臣決定」で電波監理審議会に諮問、アッという間に全国予備免許43局を決めてしまったのだった。後に言われる田中への「“決断と実行”の政治家」のお披露目と言ってよかったのである。
 また、田中郵政大臣による大タナは“省内改革”にも及んだ。これは省内にはびこっていた2大派閥のそれぞれのボス格局長のクビを切る一方で、労働組合「全逓」と真っ向から向き合うことであった。折から、「全逓」が「春闘」で勤務時間に食い込む臨時大会を強行したことにより、大臣就任翌年に「公労法」「国家公務員法」の違反ということで、関わった幹部7人の解雇を含め、減給、戒告、訓告約2万2千人、「全逓」全組合員の実に約1割の大量処分を断行した。ここでも郵政省事務当局は言うまでもなく、歴代郵政大臣も尻込みの処分を、テレビ免許同様、果断にやってみせたということだった。「処分に目をつぶって、大臣の務めが果たせるわけがない」として、リーダーに不可欠な「信賞必罰」を実行したことになる。

 さて、この「信賞必罰」の一方で、田中は並みのリーダーではないことを見せつけた。まず、処分決定の裏で「全逓」幹部と取引、言うなら幹部7人への“クビ切り料”慰労金として即刻3億円を大蔵省から引き出し、これを先払いしてしまうという手に出た。明日から給料は出ない、クビとなった幹部の生活をおもんぱかってのそれであった。
 その7人の1人に、中央本部書記長の大出俊という人物がいた。頭脳明晰、駆け引きも巧み、さっぱりした性格などから、一方では郵政省幹部からもなかなかの人物として好感を持たれていた人物であった。田中も敵対する関係にはあったが、交渉過程などで大出を買っていた。しかし、守らぬことは別、処分はやむを得ずということであった。
 しかし、ここで田中は極め付きの人心収攬の妙を見せつけたのであった。仕事を取り上げられ無聊をかこつ大出のもとに、処分から数日後、田中から直々の電話が入った。「君のような優秀な男を処分せざるを得なかったことは、何とも心苦しかった。どうだ、ワシの知ってる会社に入ってくれんか」と。大出としては、とてもこの時点でハイそうですかと受けられるわけがない。メンツもある。体よく断わると、田中はなおこう追い打ちをかけたのであった。「分かった。会社は諦めるが、ワシの秘書として働いてもらえんだろうか」。
 結局、この話は実を結ばなかった。大出はその後、政界に転じ、社会党の「爆弾男」としてロッキード事件でも国会の田中追及の検事役を演じたが、なぜか田中を土俵の外へ押し出すまではしなかった。どこか田中と、気心の通じ合うところがあったようだ。ここにおける田中は「デキる敵」を取り込むことには失敗したが、自ら胸襟を開き、大出のそれも開かせたことで、敵対はしたが2人の間には紐帯感が生じていたのでは、ということになる。

 ちなみに、この郵政大臣就任間もなく、田中は当時の東急グループ総帥の五島慶太から、「東急を君に任せたいがやってみる気はないか」と、本気で誘いを受けたものであった。当時の東急は、堤康次郎を総帥とする西武グループと二分の大コンツェルン。それを任すと言われるのだから、いかに田中への人物評価が高かったのかが分かる。炯眼の五島は万事に努力家、全力投球、誠心誠意で臨む田中の人生の哲学を見る一方、徒手空拳、20代前半ですでに立ち上げた土建会社を全国工事実績で50位以内にまで持っていった会社経営の手腕、政治家になっても陣笠クラスながら次々に実績を残しつつ、地元選挙区には「越山会」という巨大無比の後援組織をつくり上げてしまうなど、諸々の田中の凄腕、力量を買ったことに他ならなかった。全力投球、誠心誠意で人生と向かい合っている者を、人はどこかで見ているということである。
 しかし、田中はこれを断わった。政治への情熱やみ難く、人生の舵を再び実業界へ切ることはなかったのだった。
 その一方で、田中郵政大臣はその人柄の開けっ広げも手伝ってメディアに大人気、大臣在任中のテレビ、ラジオへの出演回数、実に十数回を数えたのであった。(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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