菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(76)

掲載日時 2015年10月17日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2015年10月22日号

◎快楽の1冊
『孤狼の血』 柚月裕子 KADOKAWA 1700円(本体価格)

 小説家は、脳内で変身する能力を持っていないとできない商売だ。俳優は肉体を駆使して老若、ときには異性や人間以外の動物にもならなければいけないが、小説家は頭の中で演じ、その様を文章に起こすのだ。
 柚月裕子はすでに2010年から始まった『佐方貞人』シリーズで、かなり現実味あふれる男性像を描いていた。佐方が検事だった頃、辞職して弁護士になったあとの活躍、両方を書くシリーズだが、いずれにせよ服装に無頓着でタバコ好きの彼の立ち居振る舞いは、きわめてリアリスティックである。多くの人が抱いてしまう異性の理想化は、作家にとって邪魔ものでしかなく、柚月裕子は自然に現実の男性になりきって、描くことができていた。この美点を存分に発揮したのが、本書『孤狼の血』だ。舞台は1988年=昭和63年の広島。暴力団係の刑事が、抗争勃発の危機を鎮静化しようと躍起になるストーリーだ。視点の中心人物は新米刑事の日岡だが、真の主人公と言えるのは班長の大上だ。マル暴刑事は自身もヤクザ的にならなければ続けられない、という説をまさに実践している男で、日岡は彼の下で働きながら戸惑うばかりである。だが、時折り見せる温かみ、ユーモアが魅力的で、憎めない上司だ。
 大上を主軸にして、暴力団同士の一触即発状態を克明に描いていく。おそらく作者は『仁義なき戦い』シリーズなどのヤクザ映画を何度も観て研究を重ねたのではないか。広島弁で飛び交う男たちの怒号、権謀術数はまさしく実録ヤクザ映画の世界だ。しかし、ただ映画の真似をしているわけではない。刑事側を視点の中心にすることで、ミステリー小説としてのサスペンスもしっかり盛り込まれているのだ。本来、ミステリーとヤクザ映画は人の生き死にを扱うという点で兄弟関係にある。その関係性を明確にした大傑作だ。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 早漏は“脳”の病気、遅漏は“性”活習慣病−こんなキャッチに惹かれて手に取ったのが、『泌尿器科医が教えるオトコの「性」活習慣病』(中央公論新社/800円+税)だ。
 EDや射精障害といった男のセックスの悩みを、専門のドクターが丁寧に処方してくれる本で、著者の小堀善友氏は、獨協医科大学越谷病院泌尿器科に勤務している。読売新聞の医療サイト『ヨミドクター』にも連載を持ち、男性機能障害の治療に関しては、よく知られた人である。
 タイトルの「性」活習慣病は、勃起や射精の障害には、糖尿病や高血圧などの生活習慣病が関連している−という、著者の持論から来ている。逆にいえば、生活習慣病を予防することで、セックスライフが見違えるほど豊かになるというわけだ。
 その他、「“排卵日だからお願いね”が生む悲劇」という章では、子づくりのプレッシャーから勃起できない男の悩みを綴り、「育メンはセックスレスになる」は、子育てによって男性ホルモンが減少した結果、性欲が減退してしまった男たちの実態をルポしている。
 このように、良き夫であろうと努力すればするほど、セックスから遠のいていくという皮肉な事態が、日本社会に蔓延しているらしい。恐ろしい限りだ。
 EDや中折れは、もはや中高年にとって対岸の火事では済まされない病気だ。本書は「最近、元気なくなったなぁ」とお嘆きの諸兄に、簡単に改善できる可能性があることを教えてくれるかもしれない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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