やくみつるの「シネマ小言主義」 A・クリスティを思わせるミステリーの傑作『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』

エンタメ・2020/02/02 07:00 / 掲載号 2020年2月6日号
やくみつるの「シネマ小言主義」 A・クリスティを思わせるミステリーの傑作『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』

(c)(2019) TRÉSOR FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - MARS FILMS- WILD BUNCH - ES PRODUCTIONS DU TRÉSOR - ARTÉMIS PRODUCTIONS

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 往年の名作、アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』を思わせる密室劇。もしかしたら、古典に匹敵する傑作として、今後、何年も残るかもしれない完成度の高さです。

「容疑者は全員」という設定もクリスティっぽいですが、それが「国籍の異なる9人の翻訳家」というのが面白い。

 全世界で一大旋風を巻き起こした小説『ダヴィンチ・コード』の4作目「インフェルノ」の出版時、原稿の違法流出を恐れた出版社は、各国の翻訳家を地下室に隔離し、密かに翻訳作業を進めていたそうです。この驚くべき実話から発想を得た本作は、デジタル時代ならではの仕掛けがプラスされて、現代的なミステリーになっています。

 ただ、9人の中に日本人はいません。シリーズ完結時で2300万部を超えるハリーポッターを見ても、日本の出版市場は大きいのに。フランス語の堪能な日本人役者が見当たらなかったのか…長年、パリ在住だった中山美穂がいますのに。

 しかし、ガッカリしないでください。犯行手口の重要な鍵となる高速コピー機が日本製品として存在感を出しています。「桜を見る会」の名簿隠滅に使われた大型シュレッダーの高性能が話題になったばかりですし、面目躍如というところでしょう。

 密室劇と見せかけて、後半にカーアクションがあったりと、演出にもメリハリが効いています。オープニングの火事のシーンを始め、すべてが伏線となって後で回収されますので、気を抜かず見てくださいね。ちょっと複雑な9人の国籍とキャラ設定は、パンフレットであらかじめ頭に入れてから臨むことをお勧めします。

 さて、秘密裏の出版準備といえば、自分にも思い出があります。

 もう時効でしょうから明かしますが、ロッキード事件の「蜂の一刺し」で有名になった榎本三恵子さん。当時、この告白本の出版権を自分がかつて勤めていた出版社が手にしたんです。

 ネットのない時代ですから、ゲラを携えて榎本さんが身を隠していたニュージーランドまで編集部長が飛んでいました。表紙カバーも写真を使わず、著者「松本三恵子」の偽名で試し刷りをして、ドタン場で差し替えるという念の入れよう。

 ただ、ここまで隠密のミッションをやり遂げたにもかかわらず、ぜんっぜん売れなかった。増刷もかからなかったと記憶しています。

 今、検索して見ると、あまりに地味で埋没しそうな装幀。今なら300円で買えるし、この映画をきっかけに思い出したので、手に入れておこうと思います。

__画像提供元:(c)(2019) TRÉSOR FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - MARS FILMS- WILD BUNCH - ES PRODUCTIONS DU TRÉSOR - ARTÉMIS PRODUCTIONS
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■9人の翻訳家 囚われたベストセラー
監督・脚本/レジス・ロワンサル 出演/ランベール・ウィルソン、オルガ・キュリレンコ、エドゥアルド・ノリエガ 配給/ギャガ 1月24日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイント、新宿ピカデリー他全国順次ロードショー。
■フランスの人里離れた村にある洋館。全世界待望のミステリー小説「デダリュス」完結編の各国同時発売に向けて、9人の翻訳家が集められた。彼らは外部との接触を一切禁止され、日々、原稿を翻訳していく。しかしある夜、出版社社長のもとに「冒頭10ページをネットに公開した。24時間以内に500万ユーロを支払わなければ、次の100ページも公開する。要求を拒めば全ページを流出させる」という脅迫メールが届く。

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漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)レギュラー出演中

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