菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(81)

掲載日時 2015年11月21日 16時00分 [エンタメ] / 掲載号 2015年11月26日号

◎快楽の1冊
『孤高の人(上・下)』 新田次郎 新潮社 各710円(本体価格)

 昨今の登山ブームで、休日ともなれば老若男女たくさんの人々が山を訪れるが、戦前の登山は一部の裕福層にしか許されない貴族的なスポーツだった。工業高校の夜間部を卒業し、神戸の造船所に入社したばかりの加藤文太郎にとっては、高級な登山靴など買えるわけもなく、地下足袋で山を登る毎日だった。
 『孤高の人』は日本の山岳小説の立役者・新田次郎の代表作。加藤文太郎という実在の登山家をモデルに書かれており、数ある山岳小説の中でも完成度が高く、山に興味がないという人にも自信を持ってお勧めできる一作だ。
 昭和3年ごろから単独行を重ねる文太郎は、積雪期の八ヶ岳や穂高岳などを次々と踏破する。やがて“単独登攀の加藤”と呼ばれ、国宝的存在とまで賞賛されるようになる。そんな文太郎に、作者の新田次郎は一度だけ会ったことがあるという。
〜当時私は中央気象台に勤務していて、富士山観測所に交替勤務のため登山する途中で彼と会ったのでした。
 「もう間もなく暗くなります」私は時計を見ながら加藤さんに、云いました。すると彼は、そのとき、にやっと、まことに不可解な微笑を浮かべて「そうですか、私は頂上まで行って見たいと思います。頂上には観測所があるのですね」そのときの不可解な微笑について、花子夫人に聞きますと、照れかくしの微笑であって、誰でも馴れるまではちょっとへんに思ったらしいということでした。〜
 文太郎の薄ら笑いを浮かべる癖は時に「嘲笑」と取られ、軋轢を生むことがあった。他者を求めるがゆえに、より孤独と向き合うことになる文太郎。孤独とは何か? 社会性の持つ意味とは? 小説を読みながら彼の山行を追体験することで、今一度、自分と社会とのかかわり合いを見つめ直す、良いきっかけになるかもしれない。
(小倉圭一/書評家)

【昇天の1冊】
 女性僧侶が、不倫を体験した女性から丁寧に聞きとり取材し、誠実に内面と向き合った労力が光る本、それが『不倫が教えてくれる女と男のルール』(こう書房/1300円+税)である。
 女性の視点からルポした不倫実録だから、揺れる女心がつぶさにつづられていて、興味深い。
 女は、なぜ不倫してしまうのか。理由は寂しいから…つまり心の隙間に、既婚男が入り込んでくる。
 ところが、包容力にあふれ、優しいはずの男は、実は優柔不断でズルいだけ。そのズルさに気づかず、深みにハマった女たちは、嫉妬の矛先を男たちの妻に向け、悩み抜く。
 不倫とは、揺れる女心と、優柔不断な男心の間に存在する、曖昧な関係なのだ。
 著者の川村妙慶さんは、京都在住の浄土真宗の僧侶。イベントなどで説話を行うほか、ラジオ番組のMCを務めるなど、多彩な活動で知られている。『人生が変わる親鸞のことば』(講談社)など、宗教関連の書籍も多い。
 本書でも、不倫の悩みを解決するための方法やアドバイスを、仏教的価値観から導いている。その仏教的助言とは、ひと口でいえば肩の力を抜き、自分を客観的に眺めてみることである。著者の優しい語り口もあって、男女問わず、読む者は好感をもって受け入れることができるだろう。
 また、タイトルに「女と男のルール」とあるが、不倫とはルールがあるようで、実はないというのが、本書のテーマと読み解くこともできそうだ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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