和地つかさ 2018年9月27日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 鈴木善幸・さち夫人(上)

掲載日時 2017年12月11日 15時00分 [政治] / 掲載号 2017年12月14日号

 前任の大平正芳首相が昭和55年(1980年)6月の衆参ダブル選挙のさなかに急死したのを受け、後継の座に就いたのが鈴木善幸であった。当時、「ロッキード裁判」を抱え権力維持に必死の「闇将軍」田中角栄元首相が、自らの影響力保持のため、コントロールの利く鈴木を半ば強引に総理のイスに押し上げたものだった。
 半ば強引というのは、鈴木は元々、強いリーダーシップを発揮するタイプではなく、佐藤栄作政権下でじつに政府・自民党の“まとめ役”としての総務会長を通算10期も務めるなどの調整力が持ち味。衆目の見るところ「総理の器」ではなかったことによる。ために、国民からは「ゼンコー・フー(鈴木善幸とは何者)?」との声も出たのだった。
 一方で、自民党内の反田中勢力からは「田中のカイライ政権そのもの」との声を浴び、政権は2年余に及んだが、その間、目指した「行財政改革」はほとんど実らなかったものだった。

 夫人の鈴木さちは、「漁業」が縁で結ばれた。
 日中戦争さなかの昭和14年、岩手県海浜部の山田町出身の鈴木は時に28歳、疲弊する漁村の救済に情熱を傾け、全国漁業協同組合連合会(『全漁連』)の職員であった。そこに入る前は農林省の水産講習所に通い、ここでは「秀才」と謳われていた。
 一方のさちは、20歳、函館水産学校校長の長女で性格はざっくばらん、機転の利く辛抱強い娘であった。東京・赤坂の乃木神社で挙式した。

 しかし、箱根と決めた新婚旅行先からして、さちにとっては仰天の日々が待っているのだった。元鈴木派担当記者の証言がある。
 「鈴木を慕っていた漁業関係の若者たちが、なぜか宿泊先の旅館についてきた。夜になっても、鈴木はこうした若者たちと“漁業の近代化”について口角泡を飛ばし合ったり、碁を打ったりで、新婚“初夜”もヘチマもなかったそうです。また、新婚旅行から帰った新居でも同様で、夜は必ずと言っていいくらいこうした若者が訪れてくる。
 夫人はというと、これら豪傑たちの飲み食いの世話から彼らの薄汚れた六尺フンドシの洗濯まで、ただただ黙々とやっていたという。夫人は、あの当時を振り返って、『この結婚は1、2年ももてばよかったと思っていた』と言っていた」

 六尺フンドシといっても幅は一尺はあり、どこの何者かも分からぬ男どものそれを何本も洗うのだから、まずはさちが夫をいかに慕っていたかが分かる。いまのように電気洗濯機の時代ではなく、タライに洗濯板、石鹸でゴシゴシが新妻の“日課”では、今様の新妻なら早々に逃げ出して当然のところであろう。
 しかし、こうした新婚時代を乗り切った結婚8年目、さちは妻として大きな転機を迎えることになった。「先々、うまくいけば『全漁連』の会長ぐらいにはなるかも知れない」程度にしか考えていなかった夫が、突然、衆院選に出ることになったからであった。鈴木は、昭和22年4月の戦後2回目の総選挙に出馬することになったのである。
 「国会に水産議員を!」の熱望を担って、「全漁連」の推薦を受けたのである。当初は革新系無所属での出馬予定だったが、無所属では院内活動に限界があるとし、最終的には社会党からの公認候補となったのだった。

 選挙は終始、苦戦であった。当時の中選挙区〈岩手1区〉は広く、鈴木は「浜のゼンコー」を売りに全力投球していたことで、盛岡市など内陸部の大票田に食い入る余地がなかったことが大きかった。内陸部にトラックを入れて「鈴木をよろしく」などとやると、内陸部を地盤とする対立候補陣営から「鈴木? そんなもんは知らん。陸(おか)のスズキなんちゅうもんは見たこともない。スズキは海のもんだべや」と、まったく相手にされなかったのだった。時に、さちはどう対応したのか。前出の元鈴木派担当記者の証言である。
 「夫人は長野県出身で、当時は“ヨソ者”扱いもあっただけに、あまり選挙区には入らなかった。浜のほうの後援会でのあいさつ程度だったが、ここでのスピーチは鈴木より数段うまかったと言われている。県民の気質に合った“魚臭さ”“土臭さ”をユーモアたっぷり鮮やかな言葉づかいでやり、大好評だったそうです。歴代総理夫人のうちスピーチのうまさナンバー1は、政治部記者の誰もが認めるところだった」

 開票の結果、鈴木は苦戦の末、定数4の最下位でかろうじて初出馬当選を果たした。時に37歳。このときの当選同期には田中角栄、中曽根康弘らがいる。
 しかし、どうしたものか、鈴木は2回目の選挙には社会党を離脱、なんと吉田茂率いる与党の民自党からクラ替え出馬することになる。革新から保守への、まさに「コペルニクス的転回」との批判を浴びた。鈴木同様、妻・さちの正念場でもあったのだった。=敬称略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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