森咲智美 2018年11月22日号

プロレス解体新書 ROUND65 〈破壊なくして創造なし!〉 熱狂のZERO-ONE旗揚げ戦

掲載日時 2017年10月01日 12時00分 [スポーツ] / 掲載号 2017年10月5日号

 2001年3月2日、橋本真也が「破壊なくして創造なし!」との理念を掲げ、プロレスリングZERO-ONE(ゼロワン)を旗揚げした。
 当日のカードは、古巣の新日本プロレスをはじめ、三沢光晴率いるノア勢までもが参戦する豪華ラインナップ。当時の小泉純一郎首相が「自民党をぶっ壊す」と旋風を巻き起こしたのと同様、橋本にも大きな期待が寄せられた。

 橋本真也が脳幹出血で亡くなってから今年で早12年。40歳での早すぎる死を惜しむ声は、今もなおファンの間で多く聞かれる。
 爆殺キックに袈裟斬りチョップ、垂直落下式DDT。相手を叩き潰すかのごときその攻めっぷりから、橋本は“破壊王”の異名をとった。
 だが、対戦相手が嫌がるほどの強さを誇ったその反面で、トニー・ホームや小川直也など特定の相手には、意外なほどのモロさを見せた。
 「インタビューなどでも基本は豪放磊落でありながら、時にはポロッと弱音を漏らす。そんな二面性にファン心理をくすぐられ、“俺が応援しなきゃ”という気持ちになった人も多いでしょう」(プロレスライター)

 その橋本が新日本プロレスから独立し、2001年に旗揚げしたZERO-ONEは、当然のように多くのファンから支持を得た。
 旗揚げ戦のメインイベントは橋本と永田裕志がタッグを組み、三沢光晴&秋山準と対戦するという、当時とすれば夢のカード。当日の両国国技館は超満員の観衆で埋め尽くされた。
 「これはノア勢、それもトップの三沢が参戦し、素顔になってから初めて、新日系レスラーと絡むことへの期待も大きかった。しかし、その三沢の参戦もどこか橋本に魅力を感じたからこそ、実現したに違いないわけですからね」(同)

 このときの対抗戦に際しては、不機嫌そうな態度に終始した三沢だが、それは“対抗戦を盛り上げるためのアングル”と見るべきだろう。そもそも本当に嫌なら、上り調子の人気にあったこの時期のノアが、わざわざ海のものとも山のものとも分からない新興団体と絡む必要がない。
 「エース格の小橋建太が膝の故障により欠場中だったため、その間のつなぎとしてZERO-ONE勢を使いたいというのも、どこかにあったでしょう。結局、交流が早々に打ち切られたために、実現はしませんでしたが…」(同)

 ただ、ZERO-ONEがまったくの橋本個人の団体だったかというと、疑問も残る。
 そこには古巣の新日や、橋本が生涯の師と尊崇するアントニオ猪木の影が見え隠れしていたからだ。

 もともとZERO-ONEは新日内の組織として準備されたもので、これを後押ししたのは、当時、社長の任にあった藤波辰爾だった。
 「ただ現場監督の長州力に相談がないまま進められたため、これには強い反発もあった。また、橋本も“俺が社長になるんだから”と勝手にノアとの話を進めたり、無闇やたらと経費を使うことなどもあって、ついには後見役だったはずの藤波にも見放され、橋本が新日を解雇される形での独立となりました」(スポーツ紙記者)

 しかし、話はそこで終わらない。敵の敵は味方というわけではないが、藤波から見捨てられた橋本に、長州ら現場主流派が接近を図ることになるのだ。
 「例えば、旗揚げ当初からフロント業務を一手に引き受けて、のちに社長にもなった中村祥之氏は、長州のリキプロのアルバイトから新日に入社した人物です。また、新日からZERO-ONE入りした大谷晋二郎や高岩竜一も、特に橋本との関係が深かったわけではなく、この移籍には新日現場の意向が働いたものと思われます。海外修行からヘビー転向し、直前にはIWGP王座にも挑戦していた大谷が、特に揉めることなくすんなり移籍したのだから、何か裏があったと見る方が自然でしょう」(同)

 さらに、旗揚げ戦で橋本のタッグパートナーに名乗りを上げた永田は、新日内のレスリング経験者によるユニットG-EGGSを立ち上げるなど売り出しの真っ最中であり、本当に長州らが橋本を敵視していたなら、この参戦もあり得ない。
 「だからといって完全に新日のヒモ付きということではなく、“いつか儲けのタネにするためにツバをつけておこう”ぐらいの感覚だったと思われます。猪木が手駒の小川と藤田(和之)を派遣したのも、やはり同じ理由からでしょう」(同)

 そんな多方面からの思惑が入り乱れる中で、メインイベントが行われた。誰もが負けて格を落としたくないとなれば、団体トップの橋本が責任を取る形で、三沢からピンフォールを奪われたのもやむを得なかったのだろう(橋本が秋山準とやり合う隙をついて、ジャーマンスープレックスからの片エビ固め)。
 呆気ない終幕に観客席からは不満の声も飛んだが、この大会の本番はむしろここからだった。最初に小川が乱入してマイクで挑発すると、そこに三沢がエルボーで突進して大乱闘が勃発。
 「誰が一番強いかここで決めればいい」という藤田のマイクに、三沢は「お前らの思う通りにはさせねぇよ、絶対」と応じてみせた。
 「このコメントは対抗戦を拒絶したように思えるが、三沢が試合後にマイクを持つこと自体が極めて異例。乱闘参加も含めて、橋本への大サービスと見るべきでしょう」(専門誌記者)

 このまま発展すればまさしく夢の舞台の実現もあったろうが、現実にそうならなかったのは、いったい誰のせいだったのだろうか…。

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