菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(84)

掲載日時 2015年12月12日 16時00分 [エンタメ] / 掲載号 2015年12月17日号

◎快楽の1冊
『月神』 井上敏樹 朝日新聞出版 1500円(本体価格)

 小説の内容と文体はおおむね連動している。本作は「おれ」の一人称で語られる簡潔で突き放すような文体から強いハードボイルド性が感じられるが、同時に詩情にもあふれている。実際、主人公の「おれ」は人殺しを生業にしているものの、独自のロマンティシズムも大切にしている。
 作者は脚本家出身だ。アニメや『仮面ライダー』シリーズを手掛けた。昨年に最初の小説刊行本『海の底のピアノ』を出した。本作が2冊目なので小説家としてはまだ新人の部類に入るが、さすが脚本家のキャリアを栄養分にしたのか、その筆力はかなりのものだ。
 主人公は殺し屋、という呼び方を好まない。「屋」の中に含まれる、何かを売る商売風のニュアンスが嫌だ。人殺し、という呼び方のほうがしっくり来る。表向きには一応リサイクルショップ店長の顔を持っているが、人殺しの仕事もエージェントの篠原がいるおかげで滞りなく回転できている。
 最初に書いた通り、本作全体はハードボイルドのムードが濃厚だが、ミステリー小説というわけではない。ハードボイルドとは私立探偵や犯罪者を主人公にした暴力的なミステリーのこと、と考える人は多い。その解釈は間違っていないが、唯一の解答というわけでもない。そもそもハードボイルドの始祖の一人とされるヘミングウェイは、純文学の作家なのだ。
 本作にはその独特の詩情からチャールズ・ブコウスキーの小説を連想させるところがある。なので、ストレートに分かりやすいエンターテインメントとは言えない作品なのだが、読んでいると心地良い。ひたすら身体を鍛える「おれ」の姿はユーモアに満ち、過酷な少年時代の回想は胸を打つ。裏稼業の男が自身の人生を語る、とても長い詩。それが本作だ。残酷な美を味わいたいときにページを開くのをお薦めしたい。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 LiLyという女性作家・コラムニストをご存知だろうか。20代女性の恋愛とセックスをつづったエッセイ『おとこのつうしんぼ』(講談社)をはじめとした“おとこシリーズ”や、セックスネタばかりを詰め込んだ『In Bed with LiLy』(同)などが、大きな支持を得ている人気作家だ。現在34歳、2児の母である。
 最新刊が『SEX TALK with LiLy』(角川書店/640円+税)。先週発売されたばかりだ。
 赤裸々なまでのガールズトークは辛口で、男にとって耳に痛いネタがこれでもかと飛び出してくる。例えばセフレとヤルのは、女にとって性欲ではなく物欲と豪語。男は“物”なのである。かわいい服を見つけたから欲しいという感覚と、何ら変わりない。だが本来、セックス=物欲とは、男の領域だったはずだ。女を手にしたい所有欲といってもいいだろう。それを今は、女が堂々と口にする。
 逆に女、特に女性器を怖がって目をそむける草食系が増えてきた。これも以前は、アソコにペニスを突っ込んで「物にする」のが、男の本懐のはずだったが、今は避けて通ろうとする男が少なくない。そんなチキン(臆病者)は、実は女から見て「用なし」なんだそうだ。
 女と男が逆転した結果、“男前”の女子が増え、半面、女々しく臆病な野郎が増えた−−そうした時代の恋愛とセックスを、女性目線で爽快に看破した著書だ。
 「男子禁制」と銘打たれているが、本当は男こそ読んだ方がいいかもしれない。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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