葉加瀬マイ 2018年11月29日号

フクシマ発 福島原発の常駐下請け作業員が本誌に集団告発「隠ぺいされる真実」(2)

掲載日時 2011年05月27日 11時00分 [社会] / 掲載号 2011年6月2日号

 1986年に史上最悪の爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発の周辺では、内部被曝によって子どもに甲状腺がんなどが多発した。文部科学省の発表では、福島第一原発周辺の土壌汚染の数値は、すでにチェルノブイリを上回っているのだ。
 「いわき市内にいるだけで、原発作業員でも考えられなかった数値が出るなんて、子どもや女性が心配ですよ。いわき市内も、最低でも屋内退避、せめてマスクくらいはするように指示すべきです。いわき市、福島市、郡山市に避難指示を出さないのは、人口が多くて受け入れる場所がないからというだけじゃないですかね。こうした危険性を自分の家族に説明しても、根拠もなく『安全だ』と言い切る政府の言う事を信じますからね。本当に何とかしてもらいたい」(B氏)

 今回取材に応じてくれた作業員たちのなかで、3月11日の震災当日に現場で被災したのはC氏(29)一人だけだった。原子炉のメンテナンス作業中で、4号機の建屋上層部にいたところ、突然強烈な揺れが襲ってきたという。
 「とにかく立っていられる状態じゃありませんでした。蛍光灯が落ちてきて割れたり、物が倒れてドアが開かなくなった場所があったり。あっちに行け、こっちに行け、そこは降りるな、と叫ぶ声が響いていました。しかも、外に避難しようと思っても、地震で自動的にすべてのドアがロックされて閉じこめられ、死ぬかと思いましたよ。津波でやられた建屋で、東電の社員が2人行方不明になったという話は、報道される前から聞いていました。あそこにある遺体を協力企業で引き上げるらしい、というような話もしていましたね」

 その現場は、今どうなっているのか。
 C氏は、見慣れたはずの現場が、まるで廃墟と化した光景に呆然としたという。辺りは瓦礫の山。むき出しになった鉄骨がそこら中にぶら下がり、クレーンも倒れたまま。当初は車が通る道すらなく、車体をぶつけてへこませながら、瓦礫の上を乗り上げるように移動していたという。
 「基準の62万倍とかいう数値の放射線が出ている汚染水を、原発の建屋から移送するためのホースを引いたり、ポンプを動かす電気系統のケーブルを引っ張ったりする作業をしていました。今は、そこら中で放射線を出している瓦礫を1カ所に集めるための作業とか、資材運搬などをしています」

 前述したように、彼らは東電から業務を請け負っている大手メーカーのさらに下請けにあたる会社の従業員だ。彼らのような地元作業員は、協力企業が運行しているバスで午前10時頃、原発対応の拠点となっているJビレッジ(楢葉町)に集結。防護服を着用し、数人のグループごとに車で福島第一原発に向かう。
 最初に現場の基地になっている免震棟で指示を受け、瓦礫関連、建屋内、建屋周辺などそれぞれの持ち場へ散るという。
 過酷な環境のため、事故前は1日8時間ほどだった労働時間が、今は2〜3時間程度に制限されている。

 作業員たちの私生活にも、今回の事故は大きな変化を与えたようだ。
 「家では、飲み水は全てペットボトルのものにしています。地元の野菜や魚も食べません。仕事から帰ってきたときは、2歳の一人息子にもすぐには会わず、まず風呂に入って全身をよく洗います。放射能がお湯にたまると困るので、湯船にも入っていません。もちろん服もすぐに洗濯です」

関連タグ:福島第一原子力発電所事故

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