菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(155)

掲載日時 2017年05月27日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年6月1日号

◎快楽の1冊
『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛〔中東大混迷を解く〕』 池内恵 新潮選書 1000円(本体価格)

 「ピコ太郎のPPAPがあんなに世界中でウケるんだったら、こっちは中東だけにOPECで“サイクス・ピコ太郎”の名前でデビューしてやりますよ!」
 後輩の芸人で吉本興業所属のイラン人漫才師「デスペラード」のエマミ・シュン・サラミが炸裂させたボケに観客は大爆笑。先日の筆者主催ライブでのひとコマをちょっと。
 アサド政権継続の是非はともかく、より一層悪質なテロ集団であるイスラム国の完全掃討を最重要目的にアメリカとロシアが“手打ち”したと思えたのも束の間、トランプのミサイルぶち込みでいよいよ混沌のシリア情勢だが、渦中のイスラム国が支配領域を広げるたびに一貫して主張してきたのが「サイクス=ピコ協定の終焉」である(何やら「ヤルタポツダム体制打破」にも似た響きか?)。
 第1次大戦中、オスマン・トルコ帝国の解体を画策した英仏により結ばれたこの密約は、定規で引いたような国境線に象徴される通り、現在に至る中東諸国の枠組みを基礎づけて昨年で満1世紀。
 アフリカ分割時と同じくヨーロッパ列強の残した負の遺産、あるいは「悪業」として、常に激しい非難と批判にさらされてきた。
 しかし、他に選択肢があり得たか? 「当時の中東に、より適切に国家と社会を形成できる主体があったかというと、なかったと言わざるを得ない」と記す著者の分析は極めて冷徹かつ緻密で、その姿勢は誠実だ。
 確かにこの協定が諸悪の根源だとして、指摘するだけでは無に等しい。かと言ってなかったことにできず、なくすことも不可能な今後、予測される解決案に複雑微妙な民族問題を紐解きつつ迫る本書は、どんな場所でも中東を話題にする際、したり顔の解説をしてしまう愚を犯さぬためにも、自戒の意を込め最低限必読の教科書だろう。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 久しぶりに会った友人が「彼女ができた」と自慢げに語る。「よかったね。どんな女?」と尋ねると、「フィリピン人」と言われ、ア然となる…。中年ともなると、こんな告白を聞かされる羽目に陥ったことが1度や2度はあるはずだ。
 では、友人の恋はどういう末路をたどるのか。リアルな体験をつづったのが『フィリピンパブ嬢の社会学』(新潮新書/842円・税込)だ。
 外国人パブ勤務の女と付き合うタイプの男には「真面目」「女にあまり縁がない」という共通した特徴がうかがえる。筆者の中島弘象氏も大学院で国際社会学を専攻する絵に描いたような“堅物”の若者。店で顔を合わせる常連客は「子どもは独立、離婚して独身。自由になる金がそれなりにある50〜60代の現役男性」(本書より)が多いから、若い筆者は違和感を覚えつつも足繁くパブに通う。
 やがて情が通い合う関係になると、彼女の生い立ち、日本での暮らしを目の当たりにする。給料は月6万円、雇用主はヤクザ、住む部屋はゴキブリだらけでおまけに終始監視され、ホステス仲間には日本人との偽装結婚が横行している。
 彼女の一時帰国に同行し、家族とも会う。日本からの仕送りを得て実家は豪邸、家族はすさまじい浪費を繰り返している。
 大学院を出ているだけあって、筆者はさすがに研究熱心。出稼ぎ女性たちが支えるフィリピン経済から、日本で働くフィリピン人の歴史、違法就労の実態まで、カラダを張った渾身のルポは読み応えがある。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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