葉加瀬マイ 2018年11月29日号

本好きリビドー(178)

掲載日時 2017年11月11日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年11月16日号

◎快楽の1冊
『拳の先』 角田光代 文藝春秋 2200円(本体価格)

 10月6日、後楽園ホールで開催の女子プロボクシング初代バンタム級王座決定戦を1万円のリングサイド席で見たが、お粗末極まる内容だった。
 打撃戦もテクニックの攻防もろくになく2分6ラウンドの間、ほぼホールディング状態に終始の両者。非は明らかに判定で敗れた元OPBFスーパーバンタム級王者の肩書を持つ9頭身のモデルボクサー、高野人母美選手の方で、素人目にも分かるトレーニング不足な動きに加え、リーチの長さを生かせず、すぐに相手の腕にからみつかせてロープ際での膠着状態、この繰り返し。牝猫のじゃれ合いじゃあるまいし、おまけに試合中、何度も薄笑いを浮かべる姿に興醒めも甚だしい。
 “皆様は今夜、歴史の目撃者になります!”。リングアナの声も空しく響く会場を白け切って後にしつつ、「こりゃ、ナメられるわ…」と関係者でもないのに独りごちた次第だが、同じボクシングを“やる”のではなく“描く”女性として、角田光代氏の姿勢ははるかにストイックだ。
 スポーツの中でもボクシングは、特に分かりやすい「物語」と親和性が高過ぎる。それは、元ヤンキーが国会議員になったとか、元極道の妻が苦難を乗り越えて弁護士にとか、元暴走族のヘッドが今や予備校の超人気講師に――といった類の「物語」で、たとえば、かつての貧しいいじめられっ子が世界チャンピオンへと登り詰めていく、などお約束の王道だろう。
 氏はあえてその種の状況設定を徹底的にこそぎ落とす。あたかもボクサーが減量に耐えるかのように。トラウマも劣等感も特に抱えぬ“タイガー立花”の人物造型でこの作品は勝った。前作『空の拳』を未読でも、疎外感なく没入できるいい試合、いな小説だ。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 波乱万丈の人生なんていわれるが、それだけで言い表せない“生き様”を読んだ。「亜弓姐さん」という女性が主人公のノンフィクション『組長の妻、はじめます』(新潮社/1300円+税)だ。
 「中一でワルに目覚め、高校もシンナーを注意した教師を蹴り倒して一カ月で退学のヤンチャ娘はアウトロー街道をまっしぐら! パトカーに追われ骨折した恥骨の痛みをシャブでかき消しながら、男どもをアゴで使い、高級車窃盗団を率いて荒稼ぎで大忙しの毎日。指名手配中はなぜかヒットマンと逃避行。警官の車中での威嚇射撃で殺されかけ御用となるも、度々の刑務所では『喧嘩上等』『満期上等』で懲罰の独房常駐」(本文より)
 亜弓姐さんの現在は“組長の妻”。ヤクザを父に持ち、幼少時より生活の中心につねに薬物があり、ギャング団の女ボスとして悪行の限りを尽くす。
 ムショ暮らしの隣人はあの青酸カレー事件の林真須美死刑囚で、出所後には極妻の座に就くものの、武闘派の男女同士の結婚だから夫婦喧嘩は凄まじい…と、懲りない女が今だからこそ語る数々の告白は、一芸に秀でた国宝級の職人と同じくらい深〜く、かつ爽快だ。
 作家の廣末登氏が、亜弓姐さんの語りを文章に起こしている。
 繰り返される刑事事件に裁判官があきれ果てるエピソードに抱腹絶倒し、パトカーとのカーチェイスに満点のスリルを味わい、そして時にホロリとさせる語り口に酔い、一気に読んでしまう1冊である。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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