葉加瀬マイ 2018年11月29日号

本好きリビドー(131)

掲載日時 2016年11月28日 14時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年12月1日号

◎快楽の1冊
『あなたのいない記憶』 辻堂ゆめ 宝島社 1280円(本体価格)

 殺人事件の犯人捜し、という謎解きストーリーはミステリー小説の王道だけれど、そうでないものもある。本書『あなたのいない記憶』で書かれる謎はかなり複雑で、だからこそ面白い。
 優希と淳之介。男女の垣根を越えて小学校時代に友情を育んだ。同じ絵画教室に通っていたのだ。その後はおのおのの道を歩み会わなくなったが、東京の大学で再会する。優希は入学したばかり、淳之介は3年生である。2人とも生まれ育った高知から上京したのだ。
 早速思い出話を始めるが、奇妙なことに記憶が完全には一致していないのだった。淳之介はタケシという当時中学生だった少年について語る。絵画教室の先生の息子で、淳之介にバレーボールを教えてくれたという。しかし、優希はその少年の存在を覚えていない。以前から愛読している絵本の主人公がタケシという名前だ。彼がチェス大会で優勝するというストーリーである。彼女にとって彼は架空の人間である。実在と架空。どうして、こうも記憶が違うのか。何か理由があるのではないか。それをはっきりさせたいと思った2人はインターネットの情報を駆使し、タケシなる人物について調べ始める。
 人間の心根、奥深くを探究するミステリー、と言っていいだろう。年齢を重ねれば重ねるほど、人は記憶を増やしていく。いい思い出も悪い思い出もあるけれど、いずれもが心の財産だ。だからこそ本作の2人は、自分の記憶が正しいのか間違っているのか、不安になって調べ始める。記憶の一つ一つが今の自分、アイデンティティーを作っている、という確信が揺らぐのは怖いことだ。
 過去は終わったもの、振り返ってもつまらない、という言い方は理想的だが、実際は多くの人が過去に縛られている。記憶を曖昧に放置するのではなく、はっきりさせようとする2人の情熱が好きだ。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 NHKで放映中の人気番組『ブラタモリ』の書籍4冊目(角川書店/1400円+税)をご紹介。
 今回は島根県の松江・出雲、長野県軽井沢、九州の福岡・博多編。番組と同じく、タモリが街をぶらぶらと散策した“街歩きガイド”だが、独自の視点で歴史や文化を掘り起こし、単なる観光ガイド以上のディープな出来に仕上がっているところが面白い。
 例えば、松江といえば国宝・松江城が有名だが、実はこの城下町が湿地帯の上に成り立った歴史は知られていない。そのため水害を防止するべく、張り巡らせた堀に、ほかとは違う特徴があるという。
 また、軽井沢は高級避暑地の代表として語られることが多いが、碓氷峠という難所の先に位置しているため、本来は人の往来が制限されていた。その地がどう開発されていったかを、中山道を歩きながら追求していく一方、いかにも軽井沢といったグルメやショッピング情報は一切なし。
 どの場所でも、タモリが案内役を務めているせいか、堅苦しい学術ガイドといった印象を受けることもない。適度なユルさをもって各地の見所が解説され、とても身近に感じることができるだろう。
 いわば、この本は中高年男性向けの旅ガイドということもできる。
 女性が好む観光コースなどはあえて避け、これまであまり注目されることのなかったいにしえの痕跡や建物をたどり、そこから知識を吸収する、大人のオトコ向けのネタが満載されているのである。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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