葉加瀬マイ 2018年11月29日号

人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世

掲載日時 2016年01月07日 10時00分 [政治] / 掲載号 2016年1月7・14日合併号

 「幼い妹たちがろくに食うものもなく、あぷあぷしている。これはつらかった。すべては雪国からくる貧困だ。何とかこの雪国の生活を豊かにしなければと思った。それが政治の道への原点だった」
 新潟の一寒村から苦学力行で這い上がり、やがて「今太閤」と囃されて政界トップの座にすわり、傑出、圧倒的な指導力を発揮した田中角栄元首相は、演説の折々でよくこれを口にした。

 田中角栄というこの稀代の風雲児、英雄の本質を知る上で、切り離せないのが生地、越後新潟の風土である。日本海を覆う重い鉛色の空に象徴される辛酸に満ちた風土は、長く人々の生活の困窮と忍従の歴史を刻んできた。
 例えば、文政11年(1828年)刊の佐藤信淵(江戸時代後期の経世家)による『経済要録』には、次のような記述がある(原文ママ)。
 「往々其児を殺害する者あり。奥州、関東諸国は殊に多し。今の世に陸奥、出羽の両国ばかりにしても赤子を陰殺すること年々六、七万を下らず。唯、越後一国は赤子を殺すこと甚だ少なく、其の代わりに女子をば七、八歳以上に至れば夥しく他国に売り出す風習とす。故に、此越の売婦は一個の物差なり」

 生活の困窮は、東北、関東では“子殺し”“間引き”という風潮に発展したが、この地、越後新潟では人身売買が盛ん、“経済”の物差しだったことを伝えている。また、子供を使って乏しい生計を支えるために、「角兵衛獅子」の発祥もみている。いずれも7歳から14歳以下の子供で、親方のもと各地を転々としながら踊りでいくばくかの収入を得る。「角兵衛獅子」発祥の地である新潟県西蒲原郡月潟村の明治5年の戸数302、うち農業でかろうじて生計を立てていたのはわずか47戸。「角兵衛獅子」を中心に娘剣舞、娘手踊り、瞽女などで渡世稼業とするもの実に217戸と、何と村の70%がこの地で食えず県内外に働きに出たという記録もある。ために、ついには小作として耐えられず、農民一揆の多発数も新潟が日本一である。

 一方で、信濃川の氾濫、洪水も記録にあるだけで明治維新までに実に40回。その後も信濃川をはじめとする県内一級、二級千百余の河川氾濫数、さらには地すべり数もまた他県をしのいでの日本一である。明治の元勲・山県有朋の見聞記『越の山風』には、「濁浪怒号、滿目奪々トシテ当ル可カラザル勢アリ」と、農地が一瞬にして濁流に流される凄まじい明治元年の越後平野大洪水の記録もある。

 そしての雪である。都会の人間にとって雪はロマンだが、ここでは生活との戦いである。新潟の雪は、ともすれば下から降ってくる。地吹雪として下から舞い上がってくるのである。人々は誰もが口をつぐみ、前かがみに歩く。県民の多くが寡黙、何事にも控え目であるゆえんだ。豪雪ともなればトンネルや隧道もなしの時代、各所が陸の孤島と化し、助産婦を求めた妊婦は荷車に乗せられての山道を遠回りのさなか母子共に命を落とし、吹雪にあおられて山道から足をすべらせ、やはり命を落とす者も多々あった。雪崩の数また日本一であった。こうした雪の季節は12月半ばあたりから、翌年4月下旬ごろまで続く。その間、人々はひたすら身をこごめ、春の到来を待つのである。

 そうした中で、大正7年5月4日、田中角栄は日本海に面した新潟県刈羽郡二田村(現・柏崎市)で生を受けた。当時の馬喰、牛馬商の父・田中角次、母・フメの次男であった。姉2人、妹4人、角栄の上に兄がいたが夭折したため実質的な長男として育った。当地では長男を「アニ」と呼び、男1人、「アニ」としての角栄は幼くして“家長”としての自覚を強いられた。ちなみに、角次は「アニ」ゆえに初め「角太郎」の名前を考えたが、フメが「私の生家の隣に“角太郎”という犬がいる」と猛反対、フメが角栄と名付けたというエピソードがある。

 父・角次は頭の回転は速かったが、大酒を呑んでは大言壮語が常。時に競走馬を育てて高額賞金を夢見たり、種付け用ホルスタイン牛の輸入にも手を出したりとヤマッ気も多く、これが災いして角栄が二田尋常高等小学校に入ったころには生活の困窮を余儀なくされた。母・フメが朝から晩まで休むことなく、小さな田畑仕事でかろうじて生計を支えていたのである。

 「俠」とは、何か。正義感があるかどうか、弱者への目配り、いたわりがあるかどうか。これを放棄した「俠」はあり得ない。田中角栄には、それがあった。加えて、何事にも誠心誠意、全力投球、かつ性格の陽気、明朗闊達さが、人からの圧倒的な支持と好感を得たのである。
 栴檀は双葉より芳し。頭脳明晰、田中は幼少にして早くも「俠」の片鱗を見せつけることになる。
(以下、次号)

※筆者注:敬称はすべて略させていただき、参考文献は連載終了時に一括明記とします。

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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