林ゆめ 2018年12月6日号

世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第149回 新・鉄のカーテン

掲載日時 2015年11月12日 10時00分 [政治] / 掲載号 2015年11月19日号

 ヨーロッパに新たな「鉄のカーテン」が引かれようとしている。

 10月24日、ブルガリアのボリソフ首相が首都ソフィアでルーマニア、セルビア両国の首相と会談し、移民・難民問題について議論した。会談後の記者会見でボリソフ首相は「ドイツとオーストリアが難民の受け入れを中止した場合、3カ国が国境を閉鎖する用意がある」と、発言。現在、シリアや中東諸国からの難民は、セルビア経由でハンガリーに入り、オーストリアからドイツに抜けようとしている。ところが、ハンガリーがセルビア国境はもちろんのこと、クロアチア国境まで閉鎖したため、難民はスロベニア経由でオーストリアに向かい始め、混乱が伝播している。
 ハンガリーが接している南の国境は、実はルーマニアが最長になる。というわけで《ギリシャ→ブルガリア→ルーマニア→ハンガリー》という新たな難民ルートができてしまうことを、ルーマニアやブルガリア首相らは懸念しているわけだ。
 ボリソフ首相は「何百万人もの難民らの流入で、国を窮地に陥らせたくない」と強調した。

 これは果たして「偏狭なナショナリズム」なのだろうか。少なくとも筆者は、そうは思わない。ソ連邦の支配を受け、第2次世界大戦後の西欧の「グローバリズム(モノ、ヒト、カネの国境を越えた移動の自由化)」の波を受けなかった東欧諸国には、中東からのイスラム教徒の難民を受け入れる社会的土壌は整っていない。
 それ以前の話として難民を受け入れるか否かは、究極的には「国民主権」の問題である。むろん、国際貢献という視点はあるが、基本的には国家は難民の受け入れ判断に関する主権を持っている。国民が「難民や移民を受け入れず、自国民だけで安定的な社会を築きたい」と願うことは、ごく当たり前の感覚である。

 この種の感覚までをも「偏狭なナショナリズム」とレッテルを貼り、封殺してしまうのでは、逆の意味で「言論の自由がない」という話にはならないだろうか。厄介なのは欧州になだれ込んでいる中東難民が、グローバルにビジネスを展開する大企業にとっては「安い労働力」に見えてしまう点だ。
 欧州航空機メーカーであるエアバスのトム・エンダースCEOは10月25日、「ドイツ国内に押し寄せる難民が職を見つけ、社会に溶け込むのを支援するため」という名目で、ドイツの労働市場の規制を緩和し、より低賃金の雇用を創出すべきとの考えを示した。ドイツは'15年1月に、ようやく最低賃金制度を導入した。それを規制緩和で「撤廃すべき」という話なのだろう。
 もはや、ドイツの産業界は、難民・移民について「安い労働力」としか見ていない事実を、隠そうともしなくなった。
 当たり前だが、ドイツ政府が最低賃金の規制を緩和し、難民に「低賃金の雇用」を与えると、ドイツ国民の実質賃金も下がる。ドイツ国民が、低賃金で働く難民と「賃金切り下げ競争」を強いられるためだ。

 現実問題としては、雇用とは無関係に続々と難民たちがドイツに入っている。今年中にドイツに流入する難民・移民の数は、何と150万人にも達すると想定されているのだ。当然の話として、ドイツ国内では難民受け入れに反発する世論が形成されている。
 とはいえ、ドイツが難民受け入れを中止すると、東欧・バルカン諸国に難民が「滞留」することになる。混乱が東欧、バルカン諸国へと波及していきかねないのだ。その場合、セルビアとブルガリアは宣言通りに南方国境を閉鎖し、バルカンルートはほぼ途絶することになる。バルカン半島に、新たな鉄のカーテンが引かれることになるわけだ。

 ドイツ政府は10月24日、難民としての条件を満たさない人々を速やかに国外退去とすることを柱とした法律を新たに施行した。メルケル政権は、ついに難民の流入に歯止めをかける方向に進み出したのだ。
 ドイツの難民申請に関する新法は、もともとは11月1日に施行される予定だった。それが、難民・移民がドイツに殺到している状況を受け、1週間前倒しで施行されたのである。
 難民問題を担当しているドイツのアルトマイヤー官房長官は、公共放送ARDに対し、「前倒しの動きは、これから難民申請しようとしている人々への合図だ」と、説明した。
 これまで、ドイツは難民申請の結果を待つ申請者に対し、宿泊場所や食事の提供に加え、1カ月当たり143ユーロ(日本円でおよそ1万9000円)の現金を支給していた。新法では物品の支給に変更され、難民申請を却下された者の国外退去の手続きもスピーディーになる。

 ヨーロッパで、次第に「国境」が高くなっていく。あらためて現在のヨーロッパを見ると、結局、「モノ・サービス」「ヒト」「カネ」という経営の3要素の国境を越えた移動の自由化、すなわちグローバリズムは、「平時」においてしか通用しない考え方であることが分かる。
 現在のヨーロッパは明らかに非常時だが、国民の権利や生活が大いに脅かされているような時期においては、各国が「国境」で自分たちを守ろうとせざるを得ないのだ。
 そして、それは当然なのである。国家とは、国民が共同で「自分たちの生活を守る」ことを目的に発展した共同体なのだから。

 また、難民受け入れを定めた欧州のダブリン協定は、冷戦時代に東欧諸国から亡命者がやってくることを想定し、締結された。現在のように、民族、言語、文化、伝統、さらには宗教までもが異なる何百万人もの人々が殺到するような事態は、はなから想定されていない。
 ドイツが「ドイツ国民の生活や安定」を犠牲にしてまで難民を無制限に受け入れない限り、東欧やバルカン半島に“新・鉄のカーテン”が設置されるのは避けられない。そうなると、今度はギリシャに難民が滞留することになってしまうため“新・鉄のカーテン”はエーゲ海や地中海に移動することになる。

 日本の政治家、特に「外国移民政策」を推進する安倍内閣は現実を見るべきだ。これから世界に訪れるのは、国境や国籍にこだわらざるを得ない時代なのだ。
 「もはや、国境や国籍にこだわる時代は過ぎ去りました」などと、寝言を言っていられる時代は過ぎたというのが真実なのである。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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