本好きリビドー(30)

エンタメ・2014/11/16 17:00 / 掲載号 2014年11月20日号

◎快楽の1冊
『清流の宴』石川渓月 光文社 1800円(本体価格)

 ハードボイルドに生きる、という言い方はあり得るだろう。しかしでは、肝心のハードボイルドらしさとはいかなるものなのか、考え方は人それぞれのようにも思う。例えばトレンチコートを着てダンディーに決め、強い酒を好んで飲んでいればハードボイルド、と考える人は随分と幼稚に違いない。そういう表面的なファッションではなく、日々の過ごし方、他人との付き合い方、トラブルが起きたときの対処の仕方などに本当のハードボイルド性が現れるのではないか。
 本作『清流の宴』の主人公・西野俊之は比較的気の弱い49歳の男である。もともとは東京の大手建設会社の中で浄水ビジネスに取り組む研究者であった。いわゆるガッツのある押し出しの強い営業マンとは対極にいる、物静かで真面目な研究家タイプとして生きてきた。しかし仕事に没頭する情熱は人一倍で、そんな西野に優しさを感じられなくなった妻は家を出た。仕事ばかりして愛してくれない男を女は嫌う。加えて職場でのトラブルから辞職を余儀なくされてしまう。何もかも失ったという捨て鉢な気持ちを抱え、彼はふらふらと東京を離れ高知に来ていた。かつて仕事の調査で訪れ、川の流れの美しさに惹かれた地域であった。
 ところが財布をなくしてしまい、絶望の気分はさらに悪化する。焼き鳥屋〈源〉で無銭飲食を試みる。なぜか無愛想な主人や常連客は西野に共感してくれて、彼は翌日から〈源〉で働かせてもらうことになる。一見、平和で人情味溢れた飲み屋街のように感じられた。しかし実のところ主人の源さんは土地売買のトラブルに巻き込まれているらしく、怪しげな男たちがうろついてもいた…。トラブルは水ビジネスに関わるもので、西野も行動を起こすことに。気の弱かった男が街の人たちのために奮起する。そう、本作の西野の行動こそハードボイルドなのだ。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 「ぼぼ」「つび」「壺」−−何を意味している言葉か、おわかりだろうか? 実は全て江戸時代に使われていた女性器の「膣」を表す性語だ。
 他にも「へのこ」「魔羅」は男性器、「とぼす」は男女の性交、つまりセックスのこと。こうした古(いにしえ)の性語をズラリと並べ、具体的な用例も加えて解説したユニークな書籍が『江戸の性語辞典』(760円+税/朝日新聞出版)だ。
 著者の永井義男氏は1997年、『算学奇人伝』(祥伝社文庫)で開高健賞を受賞した時代小説作家。また、『お盛んすぎる江戸の男と女』(朝日新聞出版)などのノンフィクションも数多く執筆している。江戸時代の風俗を豊富な資料を基にひもとき、下級武士や庶民ら、当時のごくフツーの人々の性事情を独自に研究している方である。
 本書では春画や春本から性語の用例を引用しており、性語がどんな状況で使用されていたかを、わかりやすく紹介してくれる。
 一例を−−やれ膣が狭い=「締まる」とは、現代でも男が女の性器にゴタクを垂れる際に使うが、寛政11年の春本に、すでに「するぼぼは小さいほどがよし」と記されていたらしい。
 また、亨和2年の春本の一節−−「世間の人はとかく子持ちのぼぼは味が悪いというが、おいらぁ子持ちのぼぼでなけりゃあ〜」これなど現代の“人妻好き”男そのままだ。
 「ぼぼ」を「おま○こ」と置き換えればそのまま通じる言葉ばかり。庶民の性事情は、江戸も平成も何ら変わらないことにどこか心安らぐ、そんな1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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