遠野舞子 2019年3月7日号

離婚・河野景子&再婚・花田美恵子 若貴元夫人お色気下半身②

掲載日時 2019年01月20日 21時30分 [芸能] / 掲載号 2019年1月24日号

離婚・河野景子&再婚・花田美恵子 若貴元夫人お色気下半身②
河野景子

宮沢りえ破局後に猪突猛進

 そして2019年。その動向が大いに注目されるのが河野景子さんだ。
「あれだけの経歴と肩書、あの美貌をテレビ界が放っておくはずがありません。“チーママ”復活と見ていいと思います」(スポーツ紙記者)

 景子さんは上智大学外国語学部フランス語学科卒業後の1988年4月、フジテレビに入社。現在、フリーアナとして活躍するほか女優業にも精を出している八木亜希子、2018年1月に亡くなった有賀さつきさんとは同期で、『女子アナ3人娘』『花の3人娘』などと呼ばれ、女子アナブームをけん引した。

「それまでのアナウンサーは、何よりも正確にニュース原稿を読むことこそが仕事でした。しかし、アイドル級のルックスを誇る3人は、バラエティー系の番組を中心に大活躍。女性アナウンサーというより、アイドルとして活動しました。この3人の存在が女子アナ界の空気を変え、他局もアイドルアナ路線にカジを切ったのです。今に続く、女子アナブームのパイオニア的存在と言って間違いありません」(女子アナウオッチャー)

 その頃のニックネームが“チーママ”だったという。
「とにかく気配り上手で社交家。とりわけ、“お偉方との宴席”は得意中の得意で、カラオケは相手に合わせて世代別に200曲はレパートリーがあるといわれていました」(元フジテレビディレクター)

 その後、『FNNモーニングコール』ではキャスターを任され、1991年からは1年間、特派員としてフランス・パリ支局に駐在した。
「この時、一部でしきりに囁かれたのが、男性問題でした。“冷却期間”を置くために、局側が差配したともっぱらの噂でした」(マスコミ関係者)

 こんな伝説もあった。
「パリの住居の玄関前には週1ペースで、いつも大きな段ボールがあったというのです。彼氏が景子さんの好きな日本食や洋服を送っていたというのですが、真偽のほどは定かではありません」(前出・小松氏)

 もっとも、ワイン通で酒豪だった景子さんにとっては“渡りに舟”だったという説もあった。
「このパリ時代の景子さんは、“日本の美人人気キャスターが来た!”ということで、フランス政府から“国賓級の待遇”を受けていました。当時、ジャック・シラク氏(元フランス大統領)が主催する夕食会にも招待されていました。“世界のVIP”と結婚していても、決して不思議ではありませんでした」(国際ジャーナリスト)

 そして、パリ支局からの帰国直後に運命のいたずらが待っていた。
「友人が開いた合コンの席で、宮沢りえと破局した光司氏と出会ったのです」(テレビ局関係者)

 その席には兄の虎上もいたらしいのだが、景子さんは迷わず8歳下の光司氏をチョイスしたという逸話が残っている。
「“面喰い”のせいもあったかもしれませんが、彼女は光司氏の“将来性”に賭けたのです。大相撲のトップに立つ男だと。“チーママ”と言われるだけあって、彼女は上昇志向の強い女性でもあるのです」(ワイドショー関係者)
③に続く

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