葉加瀬マイ 2018年11月29日号

真夏の特別読み物 幕末志士たちの「精力絶倫」知られざる性豪列伝〈土方歳三〉

掲載日時 2018年07月27日 22時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年8月2日号

 幕末一のモテ男といえば、新選組副長の土方歳三で決まりだろう。色白で当時としては長身、現存している土方の写真はまさにイケメン剣士そのものだ。

 土方は天保6年(1835年)、武蔵国多摩郡石田村(現在の東京都日野市)の農家に生まれ、子供の頃から年上の女性にモテたという。諸説あるが、17歳の時に伝馬町の木綿問屋に奉公に出たときのエピソードがある。
 「ある日、店の者が皆、出払った時に、年長の女中から『荷物を私の部屋まで持ってきておくれ』と頼まれた。土方が女中の部屋に荷物を届けると、中には長襦袢ひとつの女中が待ち構えていて、土方を誘った。それから土方は何度も情交を重ね、女中は妊娠してしまった。それが主人にばれて、2人とも店をクビになったといいます」(前出・近世史研究家)

 その後、土方は天然理心流の道場、試衛館に入門。これが土方の運命を決めた。試衛館には、天才剣士と言われた沖田総司や、のちの新選組局長・近藤勇がいたのだ。
 土方をはじめとする試衛館の仲間は、その後、京都に出て新選組を発足。京都守護職の松平容保がこの新選組を会津藩預りとして、京都の治安維持を任せた。
 「新選組の隊士はダンダラ織の陣羽織を着て、街中を闊歩した。そして夜になると遊郭の島原に繰り出し、どんちゃん騒ぎを繰り広げたという。新選組は京の町の住人には嫌われたが、芸妓には大人気でした。中でも土方はモテまくり、祇園や北野などの花街にも繰り出したのです」(同)

 そうした中、土方は、支援を受けていた郷里の名主・小島鹿之助に驚きの手紙を送っている。そこでは、自分を慕う花街の女性の源氏名を、以下のように町ごとに書き自慢しているのだ。
 《筆紙に書きつくせないほど女性に慕われています。京の島原では花君太夫、天神の一之。祇園においては芸妓3人。北野においては君菊、小楽という舞子。大坂新町においては若鶴太夫のほかに2、3人。北新地においては、たくさんいすぎて筆にするのは難しいほどです》

 さらに1年後には、自分が女性からもらった恋文を1冊に綴じたものまで、小島鹿之助に送っている。
 「土方は、江戸に許嫁がいたとされる。三味線販売をしていた琴という女性なのですが、慶応元年に婚約を解消している。おそらく多くの女性が周りにいて、相手に不自由しなかったからでしょう。また京都に愛妾がいたとも言われる。上七軒の芸妓で、名を君寉といい女児を生んだのですが、君寉は夭折したという話があります」(同)

 当代一のモテ男土方なら、さもありなんだ。

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