神戸山口組・池田組若頭銃撃 六代目山口組・大同会からヒットマンが因縁の地・岡山で抗争再燃

社会・2020/06/04 23:00 / 掲載号 2020年6月18日号
神戸山口組・池田組若頭銃撃 六代目山口組・大同会からヒットマンが因縁の地・岡山で抗争再燃

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 銃声が抗争再開の合図となった。犯人は敵対組織のテリトリーであり、組側と警察側の複数の監視カメラが設置された警備状況の中で白昼堂々、犯行に及んだ。実行犯は現場付近で逮捕されるが、それは同時に次なる事件を予感させたのだ。

 5月30日の午後2時40分ごろ、神戸山口組(井上邦雄組長)の直系組織で、池田孝志最高顧問率いる池田組(岡山)の前谷祐一郎若頭(58)が銃撃された。池田組本部の敷地内にある駐車場に車両を入れ、車から降りて組員らと建物内に入ろうとしていたところ、事務所に面した道路に男が姿を現した。男はズボンのポケットから拳銃を取り出すと、前谷若頭を狙って5、6メートルの距離から発砲。その弾は前谷若頭の腹部に命中し、地面に倒れ込むより早く、池田組系組員2人が犯人のあとを追ったのだ。
「待て! こら!」

 人通りの少ない繁華街の一角に怒声が響き、立て続けに銃声が3回鳴った。犯人は、あとを追う池田組組員らにも発砲。しかし、弾は当たらず、付近に止めてあった黒のRV車の運転席に走り込んだ。組員らは逃走を阻止しようと、犯人に掴みかかり、1人は助手席に乗り込んで引きずり出そうとしたという。ところが、その組員は振り落とされて負傷。犯人の乗った車両は、一方通行を逆走して西方面へ逃走した。

 発生から約40分後、およそ100メートル離れた路上で、犯人の乗った車両を警戒中だった岡山県警の警察官が発見。職務質問を行い、車内から拳銃1丁が見つかったため、銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕した。そこで初めて、犯人の身元が判明。その情報は瞬く間に業界内を駆け巡り、多くの関係者が「また抗争が始まった」と口を揃えたのである。
「被害者を含め、あとを追った組員らが犯人の乗った車両のナンバーなどを記憶していたそうです。それもあって、逮捕までに時間が掛からなかったのでしょう。発生当初から六代目山口組(司忍組長)の犯行だというのは予想されており、実際、逮捕されたのは傘下組織の組幹部でした」(全国紙社会部記者)

 実行犯は、六代目山口組の直系組織である大同会(森尾卯太男会長=鳥取)所属の岸本晃生若頭代行(52)。森尾会長は六代目山口組ナンバー4のポストである本部長を務め、岸本若頭代行は2次団体の最高幹部に当たる人物だった。しかも、5日前には新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が全面解除されていた。そのため分裂終結に向け、自粛明けを待った上で大同会が動いたとみられた。何より、池田組の若頭が銃撃されたのは、これで二度目となる。六代目側が、本腰を入れて攻勢に打って出た可能性もあったのだ。

★弾が体内で軌道を変える

 事件当日、池田組では4年前の5月31日に六代目側・三代目弘道会(竹内照明会長=愛知)傘下の山本英之組員(のちに脱退)によって射殺された髙木昇若頭の法要を、岡山市内の墓所で執り行っていた。遺族や池田組長、前谷若頭をはじめ、神戸山口組からも山本彰彦若頭補佐(二代目木村會会長=愛媛)らが参列。食事会が行われたのち、池田組長は帰途に就き、参列者を見送った前谷若頭らは、組事務所に立ち寄ったところで襲撃されたのだった。

「新型コロナウイルス感染防止のため、池田組長が事務所に顔を出さなくとも支障がないよう、以前から組員たちが配慮しとったようや。せやから、この日も立ち寄らんかったのやろが、通常なら法要終わってから事務所に入っとったはずやで。岸本若頭代行は法要があるいう情報を得ていたから、事務所付近で池田組長を待ち構えとった可能性もあるで」(関西の組織関係者)

 池田組長は神戸山口組の発足メンバーであり、分裂の首謀者の一人とされる。昨年、神戸山口組幹部が立て続けに襲われ、古川恵一幹部が元六代目系組員に射殺されて以降、警察当局も六代目側の追撃を危惧していたという。そのため今回、一部関係者の間では、真の狙いは池田組長だったという見方もされているのだ。

「当初から前谷若頭を狙っていたのなら、何もこの日、事務所の前でなくとも実行できたと思うで。前谷若頭は警備を付けると逆に目立ついう理由で、日頃から県外でも単独行動やったらしいからの。岸本若頭代行は付近で待ち構えとったけど、池田組長が来ないと分かり、前谷若頭を狙ったのかもしれん。もしくは池田組の組事務所で音を鳴らし、人を選ばず血を流させることが目的だったか」(同)

 この「目的」の詳細は後述するが、分裂終結を急ぐ六代目山口組の思惑が見え隠れするというのだ。

 発生後、池田組本部には神戸山口組・入江禎副組長(二代目宅見組組長=大阪中央)、若中を兼任する俠友会(寺岡修会長=兵庫淡路)の薮内秀宝若頭などが続々と駆け付けた。前谷若頭は被弾した直後、犯人の車両ナンバーを伝えるなど受け答えもできていたが、救急搬送された病院で8時間に及ぶ手術を受けたという。

「弾丸は貫通しておらず、右腹部から入って背骨に当たり、軌道を変えて体内で止まっていたそうで、臓器の損傷が激しかったと思われます。弾を摘出してから損傷した部位の処置と回復手術が行われたため、すべて終了したのは翌31日の未明だったようです。その後、麻酔から覚めて医師と意思疎通が図れているみたいですが、持病などの影響もあって、今後、安定するまでには時間が掛かるとみられています」(前出・全国紙社会部記者)

 救急搬送された大規模な病院では、新型コロナウイルスの感染防止対策が徹底されており、感染者でなくとも医師や看護師以外、前谷若頭に接触することはできないという。また、弾丸が身体を貫通しなかったのには、理由があったようだ。

「犯人は回転式拳銃を使用していますが、口径が小さめのものだったといわれています。38口径などに比べると殺傷能力が低く、至近距離から撃つ際に威力を発揮するタイプだったとか。今回、犯人はやや離れた場所から発砲しているので、弾丸が体内にとどまったのだと思われます」(同)

 山口組が分裂した当時、前谷若頭は六代目側・二代目大石組(井上茂樹組長=岡山)の若頭を務めていたが、平成27年末、神戸側・池田組に移籍した。神戸山口組の幹事として参画し、池田組では本部長に就任。生前の髙木若頭と連携して、組織運営に携わっていた。

 その後、池田組は敵対組織からの組員引き抜きを活発化させ、平成28年2月には山本彰彦・木村會会長が、六代目直系組織から神戸山口組に参画。勢いを増したかに見えたが、その年の5月31日、髙木若頭が弘道会系ヒットマンの放った凶弾に倒れたのである。

 実行犯の弘道会系組員は、2、3カ月前から髙木若頭の行動確認を始め、犯行当日、自宅マンションの1階駐車場で接近。「池田組の方ですよね?」と声を掛け、銃撃した。内1発は心臓に命中し、髙木若頭は即死状態だったという。

 事件から1週間後、弘道会系組員が出頭し、犯行に使用した拳銃の隠し場所も供述するなどしたため、起訴された。しかし、共犯者の存在や組織的な犯行を疑っていた検察側は、裁判で厳しく追及。本人は、すでに弘道会から抜けたと証言したが、無期懲役の判決が下され、上告も棄却された。

「髙木若頭が犠牲となった事件は、分裂後、二度目に起きた射殺事件であり、初めて神戸山口組直系組織の最高幹部が死亡した事件でもあった。報復攻撃は必至とみられたが、神戸山口組は沈黙を続け、手段を模索していたようだ」(業界ジャーナリスト)

★警戒区域拡大の可能性

 髙木若頭が射殺された年の8月には、宮崎県で六代目側・四代目石井一家(生野靖道総長=大分)の元組員が、池田組系組員らと乱闘になり、刺殺されるという事件が発生。両山口組の軋轢はより深まり、翌29年1月には、六代目側・大石組の井上茂樹組長らが、神戸側・三代目熊本組(藤原健治組長=岡山)の横森啓一若頭の殺害を計画していたとして、殺人予備容疑で岡山県警に逮捕されたのだ。

 平成29年4月末には、織田絆誠元若頭代行(現・絆會会長)らが離脱するという神戸山口組の内部分裂が起き、組織の立て直しが喫緊の課題となる中、7月には池田組長が神戸山口組舎弟頭を退任。執行部を退き、最高顧問に就いた。

 その約1年後、宮崎県で石井一家との小競り合いが起き、以後も散発的に事件が発生。石井一家と池田組との間にある遺恨の強さがうかがえたのである。

「山一抗争では1000発以上もの銃弾が飛び交い、死者も31名に上った。それと比べると、今回の分裂抗争の規模は一見、大きいとはいえないように思えるが、時代が時代や。警察の取り締まりも、昔とは比べものにならんほど厳しくなっとるし、何より厳罰化が著しい。そんな中でも“命の奪い合い”をしているのだから、むしろ山一抗争よりも深刻な状況なんやないか」(ベテラン記者)

 六代目山口組・髙山清司若頭が昨年10月に出所して以降、神戸山口組直参への襲撃事件が相次いで発生。今年の春以降は、新型コロナウイルスの感染拡大により、会合も中止され、一時的な休戦状態にあったが、その解除をもって、六代目側が動きを再開させたのは明らかだった。

「4年前に死亡した髙木若頭の事件のときと、まったく同じだ。当時は各国の首脳が集まる伊勢志摩サミットを控えていて、世界的な行事に水を差さないため、警察当局を刺激しないためにも、両山口組は動きを止めていた。それが、サミットが終了し、“自粛期間”が開けた4日後に髙木若頭が射殺された。その髙木若頭の遺志を継ぐ前谷若頭が今回、銃撃された背景には、六代目側の池田組に対する何らかのメッセージがあるのではないか」(前出・業界ジャーナリスト)

 また、事件は両山口組の特定抗争指定の最中に起きたことから、警戒区域が拡大されるとの指摘もある。
「実行犯を出した大同会が本拠を置く鳥取県米子市と、事件のあった岡山市が対象となるでしょう。そうなれば、被害者側である池田組も本部の使用が禁止され、活動が制限されます」(別の全国紙社会部記者)

 むしろ、前出の関西の組織関係者は、ヒットマンの狙いは、そこにあったのではないかとも話す。
「警戒区域に指定されなかったとしても、本部の敷地内で撃たれとるから、警察主導で住民による事務所の使用差し止めの申し立てが行われる可能性は高いで。その“手法”で俠友会本部は使えなくなっとるしな」

 警察当局が、池田組による報復を危惧していることも一因になるという。
「ナンバー2の若頭を二度も狙われて、池田組が黙っとる理由はないやろ。新型コロナ感染の第2波が起きて、いつまた“自粛期間”に入るとも分からん。せやから、返すなら一刻も早いほうがいいと、今の状況なら考えるはずや」(同)

 これまでに複数の死者を出した神戸山口組。首脳陣、池田組長の胸中は果たして。

【分裂後の主な発砲事件】※組織の所属先や肩書はいずれも事件当時のもの

平成27年
■10月6日/長野県飯田市
六代目側・二代目近藤組幹部が、神戸側に移籍した弟分の元組員を射殺

平成28年
■1月27日/長野県
走行中だった四代目山健組系組員の乗った車両が銃撃される

■2月23日/福井県敦賀市
神戸側・正木組の組事務所に、六代目側・二代目中西組系組員が発砲。実行犯は事件直前、マスコミ宛に“犯行声明文”を送っていた

■2月27日/埼玉県八潮市
山健組・山之内健三若頭補佐の自宅に三代目弘道会系組員らが発砲

■3月6日/茨城県水戸市
山健組直系組織の本部の窓ガラスなどに銃弾5発が撃ち込まれる

■3月14日/富山県富山市
神戸側に移籍した元六代目側の3次団体本部が銃撃される

■3月29日/京都府京都市
無人だった山健組直系組織の本部に銃弾4発が撃ち込まれる

■4月12日/長野県上田市
山健組傘下組織の本部が銃撃される

■5月31日/岡山県岡山市
神戸側・池田組若頭が弘道会系組員に射殺される

■7月15日/愛知県名古屋市
元山健組系組幹部が弘道会系組員らに射殺される

平成29年
■6月20日/兵庫県加古郡
神戸山口組・井上邦雄組長の別宅に、六代目側・四代目倉本組幹部らが発砲

■7月27日/福岡県福岡市
任俠団体山口組・二代目植木会の若頭と舎弟頭が銃撃される

■9月12日/兵庫県神戸市
自宅から出てきた任侠山口組・織田絆誠代表の乗った車両を山健組系組員が襲撃し、警備組員を射殺

平成30年
■10月23日/兵庫県神戸市
織田代表の自宅に近い五代目山健組系組織の関連施設で傘下組員が発砲。覚せい剤取締法違反でも逮捕される

■12月3日/岡山県津山市
六代目側・三代目杉本組幹部の自宅に銃弾が撃ち込まれる

平成31年
■1月30日/兵庫県神戸市
任侠山口組直参の親族名義の車両から弾痕が見つかる

令和元年
■8月21日/兵庫県神戸市
弘道会の神戸市にある拠点で傘下組員が銃撃され、のちに山健組・中田浩司組長が実行犯として逮捕される

■9月9日/愛知県豊橋市
六代目側・十一代目平井一家本部が銃撃される

■10月10日/兵庫県神戸市
山健組系組員2名が、記者を装った弘道会系組幹部によって射殺される

■11月27日/兵庫県尼崎市
神戸側・古川恵一幹部が、六代目側・二代目竹中組の元組員に射殺される

令和2年
■2月2日/三重県桑名市
特定抗争指定の警戒区域内にある六代目側・髙山清司若頭の自宅に、元六代目系組員が発砲

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