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貞淑美女タレントの性白書 安室奈美恵 引退裏で浮上する再婚と東京五輪イヤー復活説(2)

掲載日時 2017年12月03日 20時00分 [芸能] / 掲載号 2017年12月7日号

貞淑美女タレントの性白書 安室奈美恵 引退裏で浮上する再婚と東京五輪イヤー復活説(2)

 10歳で地元の芸能人養成学校へ。
 「とはいっても、入試には合格したものの学費が払えず辞退。学校側が特待生として無料で受講させたものの、バス代が払えず、大きなリュックを背負い、片道1時間半かけて通っていました。根性はあっても明るい子ではなく、陰があったといいます」(レコード会社幹部)

 レッスンの先生とは、よくケンカをしていたという。
 「注意すると、バーンと出て行ってしまい、その日は帰ってこないことも間々あったそうです。でも、次の日になると知らん顔して出て来て、黙々とレッスンに汗を流す。当時から意思の強さは筋金入りだったのです」(テレビ局関係者)
 そして、中学2年生の時に、単身上京することを決意する。

 '92年、『スーパーモンキーズ』というユニットを結成し、同年、『ミスターU.S.A』で芸能界デビューを果たした。
 「でも、思っていたほどブレークしませんでした。ただ、歌唱力とダンスのキレは一際目立っていました」(芸能関係者)

 転機が訪れたのは'95年。ソロ活動を進言した小室哲哉プロデュースによる『Body Feels EXIT』が大ヒット。続く、『Don't wanna cry』や『CAN YOU CELEBRATE?』でミリオンセラーを連発。一気にスターへの階段を上りつめて行った。
 「この頃、安室は“ギャル”たちのファッションリーダーでもありました。ストレートロングにミニスカ、ブーツ姿の彼女たちは、“アムラー”と呼ばれていました」(ファッション誌ライター)

 しかし、安室は'97年の人気絶頂期に15歳年上のダンサーSAMとの“デキちゃった婚”を発表。
 「20年前の10月22日でした。この“デキ婚”は、その後、芸能界でのトレンドとなったパイオニア的な出来事でした」(前出・ワイドショー芸能デスク)

 安室はこの時、引退を考えていたという。
 「まだ20歳でしたが、仕事面で“やりきった感”があったのと、ずっと温かい家庭に憧れていたからです。苦労して育ててくれたお母さんと一緒に住んで、恩返しがしたかったのです」(前出・音楽関係者)

 しかし、SAMの実家がいい顔をしなかった。
 「彼の実家は、埼玉県内で大病院を経営している名家。2人の結婚には、初めから反対していました。安室が専業主婦にはなりづらい雰囲気がありましたからね」(前出・芸能レポーター)

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