菜乃花 2018年10月04日号

俺たちの熱狂バトルTheヒストリー〈プロレス最強幻想が崩壊〉

掲載日時 2015年11月08日 16時00分 [スポーツ] / 掲載号 2015年11月12日号

 今年の大みそかに、総合格闘技の地上波テレビ中継が5年ぶりに復活する。12月29日と31日に開催される新格闘イベント『RIZIN(ライジン)』は、元PRIDE代表の榊原信行がプロデューサーを務め、フジテレビ系では31日に放送されるという。
 メーンは8選手出場のヘビー級トーナメントで、他に桜庭和志やエメリヤーエンコ・ヒョードルなど、レジェンドファイターの特別試合が発表されている。
 「新団体の旗揚げではなく、とりあえずは今回のために立ち上げられた企画とのことで、単発で終わるか継続性のあるイベントとなるかは、関係者の努力と、どれほどの選手を集められるかで決まるでしょう」(格闘技ライター)

 日本における格闘技ブームの最盛期といえば、やはり大みそかに民放3局がそれぞれ『K-1ダイナマイト』(TBS系)、『PRIDE男祭り』(フジテレビ系)、『猪木ボンバイエ』(日本テレビ系)を中継した2003年になるだろう。
 3大会で計31試合(K-1のオープニングファイトを含む)が行われた中でも、とりわけ注目されたのは曙vsボブ・サップ(K-1)。視聴率で『NHK紅白歌合戦』を超えるなど国民的関心を集めたものだが、その後、ある意味で歴史的一戦として語られてきたのが、永田裕志vsヒョードル(猪木ボンバイエ)の一戦ではないだろうか。

 “最強”の座に位置づけられていたヒョードルと、プロレス界で格闘センスを評価されながらも、'01年にミルコ・クロコップに惨敗を喫した永田。
 すでにファンの間でも、総合格闘技に対するプロレスラーの適正には疑問符がつけられており、永田の雪辱への期待は低かったとはいえ、試合はわずか1R1分2秒で終了。まさに秒殺劇で、永田にせめてもの見せ場を期待したプロレスファンは、大いに落胆することとなった。

 ゴングと同時にボクシングスタイルで前に出た永田だが、これはヒョードルにいなされ、次に右のミドルキックを放ったものの、そこへ右フックをカウンターで合わされて万事休す。
 ヒョードル攻勢の中、大振りの左フックが永田の顔面をかすめると、そのままコーナー際に倒れ込み、キックとパウンドの連打であえなくTKOが宣せられた。
 「この試合で“永田は何もできなかった”といえばその通りですが、あらためて映像を見直すと、格闘技戦向けの構えは堂に入っている。あの頃に永田が通っていたキックボクシングの伊原道場でも、同時期に練習していた小川直也より打撃センスは上で、伊原信一会長が太鼓判を押していたほどでした。だから、せめて相手が最強クラスのミルコやヒョードルでなければ、もう少しやれたのではないかと思います」(同)

 対戦カードが決まるまでの経緯も、永田にとっては不幸だった。当初、この大会のメーンはミルコvs高山善廣と予定されていた。しかし、ミルコの欠場が決定的となり、代わる目玉としてブッキングされたのがヒョードルだった。
 だが、そうしたゴタゴタに嫌気がさしたのか、高山も参戦を辞退してしまう。
 「もともと大会プロデューサーが日本テレビに出した企画書には、ミルコだけでなく小川や吉田秀彦の名前もあったのですが、そのいずれにも参戦を拒否されて、少しでもネームバリューのある人間をということで選ばれたのが、永田だったのです」(テレビ関係者)

 永田への参戦オファーがあったのは12月に入ってからで、試合まで1カ月を切っていた。これではロクに準備ができるはずもない。それでも試合を受けたのは、新日本プロレス会長であるアントニオ猪木の顔を潰さないためであったが、今度は試合前日までヒョードルが出場する、しないで、話は二転三転した。
 ヒョードルの背後にいた権利関係者たちによる綱引きの結果であり、そのたびに気持ちを作り直すのだから、永田もたまったものではない。そんな裏事情を知らないファンにすれば、永田の惨敗という結果でしかないが…。

 同日、K-1大会での中邑真輔vsアレクセイ・イグナショフでは、いったん中邑にKO負けの裁定が下った後、抗議によって無効試合となった。これもプロレス界にとっては悪印象となり、一気に冬の時代を迎えることとなった。

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