菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(108)

掲載日時 2016年06月11日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年6月16日号

◎快楽の1冊
『罪の終わり』東山彰良 新潮社 1500円(本体価格)

 東山彰良は昨年7月に第153回直木賞を得た。『流』によって、である。
 1968年生まれのこの作家のデビュー作『逃亡作法TURD ON THE RUN』は、'03年に刊行された。直木賞がエンターテインメント文芸の最高の賞であることは間違いなく、すべての作家が簡単に取れるものではない。東山彰良は受賞まで10年以上の歳月を費やした。ある見方をすれば、デビュー作はまだまだ若い勢いのみで書いているとも言えるし、また別の見方をするならば、すでにこの段階で『流』や受賞第一作である本書『罪の終わり』を生み出す芽生えが垣間見える、とも言える。近未来を舞台にしたSF的設定で、脱獄を描いているのだ。登場するのは悪党たちばかりで、破壊性、不良性、そしてユーモアも感じられる。
 こうした作風はしばらく続き、'08年の『路傍』が翌年、第11回大藪春彦賞を得た。明らかにデビュー作から成長している。悪党たちの会話の中身が深みを増し、善と悪、罪と罰などの概念を真摯に追求するようになっているのだ。体裁はエンターテインメント小説であるが、ただ上っ面だけにぎやかにして書いているわけではない。ただし、主要人物がもともと教養のある悪党ではないので、どうしてここまで深いことが言えるのか、違和感も覚える。このときは、この段階だったのだろう。
 東山彰良が著しい変貌を遂げた作品、それは'13年の大作『ブラックライダー』だ。本格的に未来設定にし、暴力、殺しが普通の暗黒社会を描いた。『路傍』の弱点を見事に克服している。
 さて、本書『罪の終わり』も未来設定にし、外国を舞台に悪行をはたらくことに躊躇しない者どもの闘争を描くのだ。『ブラックライダー』より小粒の作品、という印象も受けるが冗漫を避けたとも言える。新たな境地に立ったのかもしれない。
(中辻理夫/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 「東日本大震災からわずか一週間後に営業を再開させた風俗店があった」
 こんな衝撃的な一文が帯に掲載された本が『震災風俗嬢』(太田出版/1500円+税)である。
 震災地の風俗というと、不謹慎という声もあるかもしれない。だが、風俗店とは“必要悪”であり、日本にはなくてはならないもの。しかも、被災者の中には「人肌に触れないと正気でいられない」(本文より)という男性もいたという。
 かの地での風俗は、必要悪どころか癒やし、救いでもあったということだ。
 それだけではない。親族を亡くし、生活の糧を得るため風俗で働くしかなくなった女性。福島原発の除染に携わる作業員でにぎわう、いわき市小名浜のソープ街。人が生きていく上で、射精産業が分かち難く結びついている現状が、丁寧にルポされている。
 著者の小野一光氏は、アフガニスタン内戦から日本各地の殺人事件まで、マスコミがあまり取り上げない戦地や事件を取材・執筆しているフリーライター。この著書では、特に甚大な被害を被った石巻市を中心に、おそらくテレビ取材班には考えも及ばなかったろうテーマに、真摯に取り組んでいる。
 取材に延べ5年を費やした渾身のノンフィクションであり、すべてリアルかつ赤裸々な人の営みである。また、それらが丹念につづられていくのは、温かくもあり、圧巻でもある。
 熊本で悲劇が起きてしまった今こそ、読んでおきたい1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

関連タグ:本好きリビドー

エンタメ新着記事

» もっと見る

本好きリビドー(108)

Close

マダムとおしゃべり館

▲ PAGE TOP