菜乃花 2018年10月04日号

乳児4人をバケツにコンクリ詰め 20年以上も押し入れに隠していた“鬼母”(2)

掲載日時 2018年08月08日 23時00分 [事件] / 掲載号 2018年8月16日号

 最初に妊娠に気付いたのは、同棲して間もない27歳のときだった。もともと太り気味だった由美子はA氏にも気付かれることなく隠し通し、自宅で男児を出産した。「金銭的にも育てる余裕はない」と思った由美子は、赤ん坊をタオルに包んでビニール袋に入れ、数珠と防腐剤を同梱してバケツに寝かせ、その上からコンクリートを流し込んだ。

 次に妊娠したのがA氏との間の第1子となるケンタだった。ケンタについても隠し通そうとしたが、途中で妊娠に気付かれ、やむなく出産することにした。
 しかし、生まれてくればかわいいもので、由美子もA氏も純粋にケンタをかわいがった。周囲の目にもよき両親と映っていた。
 だが、ケンタが生まれた翌年にも男児を出産、さらに翌年にも女児を出産、その翌年にも女児を出産したが、いずれも「育てられない」という理由で、生まれた直後にコンクリート詰めにしていた。由美子は「1人は動いたので口にティッシュを詰めた。あとの3人は動いたり、泣いたりしなかった」と言うが、もはや真実を確かめるすべはない。

 それから2年後の34歳のとき、第2子としてコウが誕生した。コウも途中でA氏に妊娠を気付かれ、「もうそろそろ生まれるやろ?」と言われたので、出産せざるを得なくなったのだ。
 だが、由美子のパチンコ狂いが一向に直らないため、コウが生まれて3年後、A氏は愛想を尽かして出て行ってしまった。その後、由美子は生活保護と児童手当とパートでケンタとコウを育てることになったが、それでもパチンコ狂いは治らなかった。子供会の費用も払えず、わずか2400円の自治会費を3回分割で支払うという有様だった。

 それから年月は流れ、ケンタは21歳で結婚して家から出て行った。コウと2人暮らしになったが、由美子が51歳のとき、転機が訪れる。それまで住んでいた文化住宅が老朽化により、取り壊しになったのだ。こうして由美子は事件現場となるマンションに4人の遺体を運び込むことになった。
 だが、そこでも家賃を滞納するほど困窮し、事件発覚の4カ月前からは全く払っていない状態だった。

 それに加えて、由美子はコウの将来について不安を抱えていた。過保護に育てたためか、1人では何もできない。自分が一生懸命働いているのに、そのことも全く分かってくれない。
 この子は自分がいなくなっても、ちゃんとやっていけるんだろうか。そもそも自分は何のために生きているんだろうか。

関連タグ:男と女の性犯罪実録調書

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