和地つかさ 2018年9月27日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 中曽根康弘・蔦子夫人(上)

掲載日時 2017年12月25日 10時00分 [政治] / 掲載号 2017年12月28日号

 鈴木善幸がその政権のバックグラウンドだった「闇将軍」田中角栄元首相から見捨てられた格好で首相退陣を余儀なくされたあと、後継首相として登場したのが中曽根康弘だった。
 中曽根は政界に出た若い頃から、一貫して首相の座を目指したものの才気走っていることなどが裏目に出、自民党内での支持勢力拡大は思うにまかせなかった。しかし、学識、能力は広く買われており、田中角栄が自らの影響力温存からあえてその中曽根を「ポスト鈴木」に担ぎ上げたということだった。田中は強大な田中派をもって、総裁選で弱小派閥親分の中曽根を支持、ここに中曽根の悲願が達成されたということであった。
 しかし、当初の中曽根内閣は世論から田中のカイライ政権との批判も浴び、付いた“名”が「田中曽根内閣」というものだった。

 昭和57年(1982年)10月12日、鈴木善幸が突然の退陣表明をした日、一方ですでに田中派が後継を中曽根に定めたことが明らかになり、東京・世田谷の中曽根邸ではこんな光景があった。当時、中曽根派幹部でのちに首相の座にも就く宇野宗佑は、後日、筆者にこう話してくれたものである。
 「中曽根さんと蔦子夫人と私の三人で、メシを食ったんだ。私が夫人に『いよいよ“ファーストレディ”ということですな』と言うと、夫人ははにかみながらもじつに嬉しそうな顔をしておった。ややあって、テレビで田中角栄さんに近いとされたハマコーさん(浜田幸一・元代議士)が、中曽根さんをホメている画面が出た。夫人は、中曽根さんに向かって『あなた! あなた! ハマコーさんがあなたのことをホメていますよ』と、はしゃいだような表情を見せたものです。
 ハマコーさんはそれまで一度として中曽根さんをホメたことがなかっただけに、夫人の中には“これで首相の座は決まった”との思いがあったということでしょう。そのハマコーさんの声を、一方の中曽根さんは『ホントか、ホントか』とテレくさそうな顔をしていたのが印象的でしたな」
 “してやったり”の中曽根だった。

 一方、この中曽根という男、陣笠代議士の頃から一貫して目立つことが好きであった。
 昭和22年(1947年)4月に旧〈群馬3区〉から民主党候補として初出馬初当選を飾ったときも、「日本をアカの手から守ろう!」と大々的な声を挙げ、その後も「日の丸愛国運動」なるものをブチ上げ、ついには建白書「マッカーサーに建白す」を出して“中曽根あり”を広く印象付けたものだった。
 また、科学技術庁長官として初の入閣を果たした際には、「大将へ向かってのスタートである」と公言、翌年には自ら新聞に「首相の国民投票制の必要性」を投書してもみせた。この“首相公選制”は、自ら首相への近道を模索したものであったことがミエミエだったのだ。選挙区には、「首相も恋人もあなたが選びましょう」なる立て看板が、田畑、野原のあちこちに点在したのだった。
 さらには、池田(勇人)内閣時代には南極を視察したのを“利用”、南極に立てた日の丸の旗とともにしっかり「首相公選」の旗も掲げてみせるなど、自らの首相へ向け、とにかく耳目を集めそうなコトはあらゆることに手を出したのだった。

 もっとも、「名優は“出”が大事」もしっかり心していたことが出色だった。
 防衛庁長官に就任した際の「長官巡視」では、第一連隊(練馬区内)がまず最初というのが通例だったが、あえてジェット戦闘機に乗り、重力に顔をゆがめながら北海道・千歳第七師団に降下してみせたのだった。
 巡視がすんだあとの夜がまたカッコよく、若い自衛隊員と車座になっての茶碗酒でいわく、「オレはな。佐藤(栄作)総理に頼み込んで防衛庁に来たのよ。言うなら、キミたちと同じ志願兵だ」。本来なら、長官の位は旧日本軍なら元帥、とても若い隊員が口を聞けるところではない。が、中曽根は勇猛果敢かつ持ち前の人心収らん術で、両者のミゾを見事に埋めてしまったのだった。名優は「出」が大事なことを知り尽くしていたのである。

 もっとも、一方で党内外に向けてもソツがなく、「私は沖縄問題が解決するまで佐藤総理を守るッ」と“宣言”して佐藤を喜ばせ、次の改造人事ではまんまと党三役の一角、総務会長ポストを手に入れてもいる。
 ためか、こうした“身の軽さ”から付いた代名詞は「思想なきナポレオン」「口舌の徒」「オポチェニスト(大衆迎合主義者)」「ペラペラ燃えるカンナくず」と多々あり、極め付けはそのときの風でどちらにも向く「風見鶏」というものだった。

 しかし、夫が首相の座に就いたときは喜びひとしおであった妻・蔦子からすれば、振り返れば中曽根との結婚は、「“結婚詐欺”に遭ったようなもの」ということになるのだった。
=敬称略=
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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