菜乃花 2018年10月04日号

達人政治家の処世の極意 第二十七回「鈴木宗男」

掲載日時 2015年11月26日 10時00分 [政治] / 掲載号 2015年12月3日号

 大出世を目指すなら下の面倒をみろ。小さな出世でよければ上にお世辞を使え。

 エリートが山を成す政界で、世襲でなし、キラびやかな学歴があるわけでもなし、昭和36年まではランプ生活だった北海道の一寒村から叩き上げの典型として這い上がってきたのが鈴木宗男(新党大地代表)である。
 表題の言葉は、実は鈴木本人のそれではなく、初めて政治の世界にワラジを脱ぎ、そのノウハウを学んだ中川一郎元農水相から叩き込まれたもので、後年、鈴木もまたよく口にしている。
 鈴木は「大出世」を夢見てこの言葉をひたすら実践、一方で中川が死去した後、この人とにらんだ金丸信(元自民党副総裁)、野中広務(元官房長官)共々に、身を粉にして徹底して尽くした点で白眉だった。「小出世を目指しての上へのお世辞」を、はるかに超えた徹底した生き方であった。

 鈴木は中学生のころから政治家志望であった。何とかして東京に出、その夢を果たしたかったが、父親が細々と営んでいた農家ではそれは無理であった。しかし、父親は馬一頭を売って息子を東京に出した。その馬は鈴木が子馬のときから面倒を見たものであった。馬は利口な生き物で、別れるときは涙を流す。その別れの光景は、鈴木の胸に今も刻まれている。
 拓殖大学政経学部を出た鈴木は、入学時の保証人になってくれた北海道同郷の中川代議士の豪放かつ繊細な人間性に惹かれ、中川の秘書としてもぐり込むチャンスを得た。そこで見た中川の姿は、人への面倒見の良さだった。中川の議員会館は1日50、60の陳情や私的頼み事などで、まさに“千客万来”を呈していた。中川はイヤな顔ひとつせず、できる限りそれを実現させてやった。「大出世」を目指すための面倒見ということである。

 一方で、鈴木は“主君”のために、コマねずみのように行動力を発揮した。陳情実現のため身を惜しまず役所に出向き、予算担当の課長クラスに懸け合うなど、何だかんだ多い日は1日1000人近い人と会うこともあった。こんなマメな議員秘書は公私合わせて5000人ほどいるという秘書の中でもダントツ。これは今でも伝説化している。こうして会った人たちが、やがて政治家となった鈴木の人脈、大きな財産となっていくのである。そうした中で知己を得たのが、当時の田中(角栄)派幹部だった金丸信であった。中川が死去後、衆院選出馬を決意した鈴木をバックアップ、当選へ導いたのがこの金丸である。当選した鈴木は無所属ながら中川亡き後の“主君”を金丸と定め、中川のときと同様、金丸のために尽くすのである。このころの金丸と鈴木の関係について、当時の政治部記者のこんな証言が残っている。
 「鈴木の“座右の銘”は、『与えられた仕事、ポストはキッチリこなす』というものだ。ために、中川のときと同様、鈴木は金丸のためになるのなら、政治家の間を飛び回ってはどんな小さな情報でも金丸の耳に入れていた。『アバウト』が代名詞でもあった金丸が、田中角栄も一目置く田中派幹部として存在感を発揮できたのも、そんな鈴木の“情報収集”ぶりが裏にあったということです。また、一方で金丸は『人間関係を大事にしろ』が口癖で、人の面倒をよく見ることで田中派内の子分をつくってきた。鈴木は中川同様、金丸のそうした面での影響も受けた。当選2回目あたりからそれまで接触、面倒を見てきた若手議員を中心に30人ほどの『ムネムネ会』というグループもでき、これらが鈴木の政治家としての下支えとなっていった。その後、田中派の流れをくむ小渕(恵三)派時代の実力者だった野中広務が鈴木を買って北海道・沖縄開発庁長官として初入閣を後押しし、官房副長官、党総務局長と出世の階段を昇らせていくことになる。すべて、鈴木の身を惜しまぬ行動力を評価したということだった」

 好事魔多し。その後、鈴木はあっせん収賄罪などで逮捕、実刑判決を受けたが、後に出版した『政治の修羅場』(文藝春秋)で次のように記している。「人生は思い通りにはいかない。だが、何があっても人生を諦めるなと。挫折や失望は誰しも味わうし、どこにでもある。そこで諦めてはいけない。生きていればいいこともあるし、逆転もある」と。
 鈴木という政治家は確かに毀誉褒貶もあるが、筆者は「自らの分際、領分をわきまえた男」と見ている。それが仕えた“主君”に全力投球、「与えられた仕事、ポストはキッチリこなす」、「下の面倒を見る」という生き方につながった。
 全力投球の姿勢が疎んじられることはない、ということである。=敬称略=

■鈴木宗男=元衆議院議員。新党大地代表。自由民主党時代、北海道・沖縄開発庁長官、内閣官房副長官などを歴任。北海道の自立、アイヌ民族の権利の確立、雇用の確保、北方領土問題の解決等を訴えている。

小林吉弥(こばやしきちや)
 永田町取材歴46年のベテラン政治評論家。この間、佐藤栄作内閣以降の大物議員に多数接触する一方、抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書多数。

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