葉加瀬マイ 2018年11月29日号

富士山噴火、原発事故、テロ攻撃… 聖徳太子が「未来記」で予言していた2016年日本列島の終焉(1)

掲載日時 2016年01月04日 10時00分 [エンタメ] / 掲載号 2016年1月7・14日合併号

 元弘元年(1331年)、後醍醐天皇の呼びかけに応じた楠正成は、ついに打倒鎌倉幕府を掲げて挙兵する。出陣の際、正成は難波の四天王寺に保管されていた聖徳太子の『未来記』を老僧から見せられ、その記述に驚嘆したという。
 『人王九十五代に当たりて、天下ひとたび乱れて、主、安からず。このとき、東魚来たりて、四海を呑む。日、西天に没すること三百七十余箇日、西鳥来り、東魚を食う。その後、海内一に帰すること三年、彌猴の如くなる者天下を掠むること三十余年、大凶変じて一元に帰す…』

 そこにはなんと、まさに今の自分自身が予言されていたのだ。
 【人王(天皇)九十五代(後醍醐)のとき、天下はひとたび乱れて皇室の地位も不安定になる。このとき東魚(関東の北条高時)が来て四海(四方の海)を飲み込んでしまう。日(後醍醐天皇)が西天(隠岐島)に流されて一年後、西鳥(西の楠正成)が来て東魚(北条高時)を倒す。それから三年間は世の中が平和になる。その後は猿のような者が天下を治め、三十年あまりが過ぎる。そして大きな災いが変化して元の状態へ戻る…】

 今の自分のみならず、その後の3年間(建武の新政)や、猿のような者(足利尊氏)の統治、果ては長く続いた南北朝問題の収束まで予言していた聖徳太子の『未来記』。正成はこの偉大な予言書に大きく感銘し、太平記に『正成天王寺の未来記披見の事』(巻六)として書き残した。
 聖徳太子といえば、歴史上の人物としてあまりにも有名である。しかし、その生涯は謎だらけで、現代ではその存在まで疑われている。その一方で聖徳太子は、死後も長きに渡り、様々な歴史書にその名が登場する。

 日本で最も古い歴史書とされる『日本書紀』には、聖徳太子をして「兼知未然」と紹介している。
 そこで太子は〈兼ねて未だ然らざるを知ろしめす〉とある。つまり「まだ起きていないことを知っている」ということか。ならば、未来を予知する超能力者ということもできる。
 実は昨今、この“聖徳太子の予言”について様々な解釈が飛び交っている。その多くは、2016年から「日本終末のカウントダウンが始まる」としているのだ。

 聖徳太子の『未来記』について、その存在自体や信憑性について各種議論が巻き起こっている。
 そうした事情に詳しいオカルトライター氏によると、「日本終末のカウントダウンは2013年からすでに始まっている可能性がある」と言う。
 「聖徳太子の『未来記』は、その原本が残っていないため、いろいろ懐疑的な分析も多いことは事実です。とはいえ、『未来記』を繋いだ書物のなかに、日本の転換期ともいえる大事件がすべて予言されていたこともまた事実。『未来記』を繋いだ書物の中で最も有名なのが、『先代旧事本紀大成経』でしょう。その内容があまりにもセンセーショナルだったため江戸幕府から禁書とされたのですが、そこには“日本の終末”が書かれていた。具体的には『それから二百年を過ぎた頃、こんどはクハンダが来るため、その東の都は親と七人の子のように分れるだろう』というものでした」

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