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貞淑美女タレントの性白書 美保純 ピンクのカーテンに隠された奇跡の五十路女性器を剥ぐ!(2)

掲載日時 2017年04月17日 20時00分 [芸能] / 掲載号 2017年4月20日号

貞淑美女タレントの性白書 美保純 ピンクのカーテンに隠された奇跡の五十路女性器を剥ぐ!(2)

 そして18歳になったとき“高卒”と学歴詐称をして名門デパート静岡店のメーカー派遣店員となり、給料も大幅にアップしたが、東京・六本木で催されたディスコ大会で、なんと“ディスコクイーン”に輝いたのだ。
 「夜な夜な、ディスコで憂さ晴らしをしていたんです。度胸試しと思って出場したら、クイーンになった。しかし、そのニュースが会社に知れ渡ることとなり、“風紀を乱す”という理由でクビになってしまいました」(前出・芸能記者)

 とはいえ、これが美保にとって大きな転機となった。
 「とりあえず東京に出てみようと、ディスコ大会で優勝できたように、行けばきっと何とかなると思ったそうです」(前出・テレビ局関係者)

 それで、地元のクラブで3カ月間“バニーガール”をやって約60万円を貯め、両親を説得して上京。広告代理店で受付の仕事をするようになった。
 「そこで芸能プロの社長にスカウトされたのです。すぐロマンポルノの“現場”に連れて行かれて説明を受けたようですが、脱ぐことに抵抗感はなかったそうです」(映画ライター)

 こうして1981年、映画『制服処女のいたみ』で主演デビュー。
 「当時、1歳サバを読み19歳ということでした。マネージャーから“10代でヌードになるのと、20歳でなるのとではインパクトが全然違う”と言われて、そうしたようです」(前出・芸能関係者)

 T158センチ、B82・W57・H83というピチピチサイズだった美保。
 「本人は自分のおっぱいについて“幅はあるが高さに問題がある”と話していましたが、あの“美乳Dカップ”には随分“お世話になった”ものでした」(ベテラン芸能記者)

 そして、翌1982年に公開された『ピンクのカーテン』で美保は大ブレイクする。
 「これも主演映画でした。兄妹の“禁断の関係”をテーマにしたこの作品では、無邪気な妹役を演じた美保が中年男とラブホ密会。“即ハメ正常位”に“腰振り騎乗位”で我々の股間を熱くさせてくれました」(前出・映画ライター)

 この作品はパート3までシリーズ化され、美保はブルーリボン賞、ゴールデンアロー賞、日本アカデミー賞でそれぞれ新人賞を獲得した。
 「翌年には一般作となる『四畳半色の濡衣』(東映)でも濡れ場を披露しました。あどけなさの中にキラリと光る色気があって、脱ぎっぷりもよかった」(映画製作関係者)

 しかし、その後は映画『男はつらいよ』(松竹)シリーズにタコ社長の娘・あけみ役として出演するなど“全国区の女優”となったものの、ハダカは封印してしまった。
 「その頃、交際していた彼氏から“脱ぐな”と言われて脱がなくなったという説が最も有力でした。また、彼氏が撮ったと思われるプライベートなヘアヌード写真が流出したこともありました」(写真誌関係者)

 その後、しばらく低迷していた時期もあったが、2013年、NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』で主人公を温かく見守る先輩海女を演じたことで、再びスポットライトを浴びるようになった。
 「同時に、バラエティーやトーク番組でのぶっちゃけぶりも人気に拍車をかけました」(前出・テレビ局関係者)

 その最たる物が、件の『5時に夢中!』だったというわけだ。
 「やはり、レギュラー出演していた作家の中村うさぎ氏とAKB48をもじった閉経前後の女性を対象とした『HKB48』を結成したりと、のびのびトーク全開で人気を集めました。ただ、今度のNHKでは、ここまでできないでしょうし、もし、やってしまったら“放送事故”になってしまいます」(民放テレビ局スタッフ)

 “忖度”などせず、頑張れ美保純!!

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