菜乃花 2018年10月04日号

人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第16回

掲載日時 2016年04月24日 14時00分 [政治] / 掲載号 2016年4月28日号

 「炭管疑獄」を「獄中立候補」という“奇策”の選挙でミソギを果たした田中角栄は、中央政界ではさすがに「雌伏の時代」を余儀なくされた。ために、しばし選挙区のある新潟での“仕事”に汗をかいたのだった。
 まず豪雪苦、開発の遅れに苦しんだ住民のための鉄道の路線電化に手を付けた後、今度は「水」に目を向けた。田中の政治家としてのすごいところは先見力が挙げられるが、その片鱗はすでにここで見られた。すなわち、「水」で争いながら、一方でしっかり「道路」の権益を手に入れて住民の利便性に資するという“手法”である。
 「鉄道」に続く「水」「道路」の住民への利便性は、もとより選挙の票の拡大にハネ返って来る。その典型が、この期に“奮戦”した俗に言う「只見川騒動」であった。

 只見川。群馬県の尾瀬沼を水源としてまず新潟県へ流れ、さらに福島県へ蛇行した後、再び新潟県に戻って阿賀野川に合流、日本海へ出る。作家・三島由紀夫の『沈める滝』に登場する渓谷美豊かな名川の一つである。時に、すでにわが国の石炭資源の先行きが見え始め、推定包蔵電力150万キロワットといわれた只見川上流の開発はまさに国家的事業、投下されるカネは当時で1千億円といわれた。「騒動」とは、一言で言えば新潟県と福島県との利益争いのドタバタ劇であった。
 初代民選の新潟県知事だった岡田正平が、只見川の豊富な水量に電力開発への熱い思いを抱き、只見川の水を貯めて新潟県側に落としてこれを発電と農業用水に使おうと、只見川の新潟県への「分流案」をブチ上げたのがコトの発端だった。つまり、1千億円事業の“うまい汁”を福島県に一人占めさせるわけにはいかんとばかり、強引に割って入ったということだった。一方の福島県側は只見川の水流に沿って階段式にダムの建設を考え、それに伴う莫大な補助金を狙ったのだった。
 この1千億円を賭けた利益誘導合戦に、新潟県側は岡田知事を支えるべく県選出の3人の代議士、「ツーさん」こと塚田十一郎、「ナベちゃん」こと渡邊良夫、そして「カクさん」こと田中角栄を“工作員”とした。後に新潟県知事になる「ツーさん」は田中が総選挙初出馬のときの支援者だったが、その潤沢な資金の一部をフトコロに入れ、田中そっちのけで立候補してしまったというシタタカ男である。まあ、おおらかな時代ではあった。一方の田中はと言えば、中央政界では鳴かず飛ばずの無聊を囲っていただけに、ここは腕の見せどころ、率先“先兵”としてハッスルしたのだった。

 さて、この騒動、一方で供応、買収の華やかさでも際立っていた。そのころの只見川のまたの名が「タダ呑み川」といわれたように、一説では当時のカネで2億円が新潟、福島両県の宴会費用に消えたといわれている。当時の関係者のこんな証言が、二つある。
 「中央からはひっきりなしに調査団の連中が来る。覚えめでたくするために、新潟と福島の供応、宴会合戦になる。新潟県では県議会の決算委員会に芸者の花代が付いた料理屋の領収書を含めて、何とリヤカー2台分の領収書が提出された。当然、岡田知事は追及を受けた。『食糧費というのは分かるが、食糧費に芸者の花代は関係なかろう』と。しかし、知事の答弁がよかった。『芸者の三味の音でメシということになれば、メシは極めてよくノドを通る。すなわち、芸者の花代は食糧費である』とヌカしたんだ。一方、福島県も随分ムリをしたらしく、ある村では宴会に次ぐ宴会でついに村予算がパンク、追加予算を組んで辛くも切り抜けたといわれておる」
 「田中もがんばった。金銭には土建屋上がりだから、もともとが大ざっぱだ。県は運動費として3人の代議士に札束を渡すのだが、他の2人がコソコソもらっているのに対し、田中のみ『男は度胸、女は愛嬌、一度や二度はカンゴクに入ってこそ男』なんて笑いつつ、堂々とポケットにしまっておったな。また、福島の東山温泉での宴会では田中とある新潟県議が酔っぱらい、どっちのモノがでかいか勝負に出たことがある。岡田知事が“行司役”、仲居に糸を持って来させ、根っこはこっち、先っぽはあっちで、結局、総合点で田中が辛くも勝ったといわれておる」

 さて、この只見川騒動、結局は二転三転の末の足掛け7年の昭和28年、政府の最終妥協案により、一部を新潟県への分流という形で一件落着を見ることになる。新潟への分流量は、只見川の年間流量13億8千万トンのわずか5.6%でしかなかった。当初の要求分流量が75%というべらぼうなものだったことからすると、新潟県は形としては完敗と言えた。
 しかし、田中としては、密かに「してやったり」であった。「水」で争いながら、「道路」という膨大な付加価値を頂戴したとのソロバンをはじいていたからである。(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

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