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真夏の特別読み物 幕末志士たちの「精力絶倫」知られざる性豪列伝〈松方正義〉

掲載日時 2018年07月28日 22時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年8月2日号

 松方正義は明治新政府で内閣総理大臣を二度、大蔵大臣を七度も務めた政治家で、特に財政通として実績を残した。西南戦争が起こると戦費を調達するために紙幣が濫発されインフレとなるが、デフレ誘導の「松方財政」を実施して、再建を行った。

 このように有能な政治家でありながら、一方では、大の女好きで有名だった。
 「何より精力が絶倫。松方は26歳の時に、満佐子(16歳)と結婚し、2年目に最初の子どもができると、以降、次々と途切れなく子ができた。長男が40歳になった時に19人目の子である六女が生まれ、当時の松方は68歳、満佐子は58歳でした」(前出・近世史研究家)

 これだけでも凄いが、松方の下半身にはまだまだ余裕があった。妾を数多くつくり、子ども多くもうけている。徳富猪一郎の『公爵松方正義伝』によれば、早世した次男も含めて15男11女、合計26人の子どもがいたという。ちなみに、すべての子どもは、妻・満佐子が分け隔てなく自分で育てたという。
 「これほど多くの妾と子どもがいたことから、どうやら妻の満佐子の公認だったようです。松方は休日を那須の別荘で過ごすことが多かったのですが、そこで満佐子は『夫は若くて綺麗な娘を連れて行くんですよ』と言い、自分はすぐに帰って女遊びに協力していることを、平気で知人に話していたというのです」(同)

 自分の子どもの数が多すぎて、松方もよく分かっていなかったという話もある。ある日、明治天皇から「何人子供がいるのか」と聞かれたときに、すぐに思い出せず、「後日調査の上、御報告申し上げます」と生真面目に答えたという。
 89歳で亡くなるまで、松方の精力は全く衰えることがなかった。

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