菜乃花 2018年10月04日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 佐藤栄作・寛子夫人(中)

掲載日時 2017年08月28日 17時00分 [政治] / 掲載号 2017年9月7日号

 「黙々の栄作」と言われ、余計なことは一切しゃべらずで徹底した慎重姿勢が持ち味だった佐藤栄作に対し、寛子夫人は陽気な性格、社交上手のいわゆる“キャピキャピ・ガール”であった。結婚生活50年の長きで、性格の違う凸凹夫婦のほうがむしろ“息が長い”ことを証明した。一方で、夫に対し世の風がどちらのほうに吹いているかなど、その直感力、政治感覚の鋭さは、寛子夫人の周囲の多くが認め、「栄作のそれを遥かに上回った」との声もある。

 栄作の実兄・岸信介首相が日米新安保条約の調印へ向けて決意を固めた際には、やがての騒然となる世相、すでに政権の危機を予測していたなどの証言が多々ある。また、佐藤政権末期の「ポスト佐藤」を目指した田中角栄と福田赳夫の「角福総裁選」でも、その「政治勘」の鋭さは存分に発揮されている。当時の総裁選を取材していた政治部記者が、こんなエピソードを残している。
 「当時、佐藤自身は福田が年齢も上で、元々が人事などでは“順序”に重きを置く人物だったので、福田が先、その次に田中に政権を、という考えだった。また、もとより周囲には一切漏らさなかったが、総裁選では福田が勝つと読んでいたようだった。
 一方、時の佐藤派の中で“角福”どちらを支持するか、ギリギリまで態度表明をしなかった人物が橋本龍太郎など5人ほどいた。なかに、小宮山重四郎という中堅がいた。この小宮山のところへ、佐藤の要請で寛子夫人が福田支持へのお願いに出掛けた。小宮山はさすがに迷ったが、明言を避けた。結局、総裁選では小宮山は田中を支持したのだが、のちに寛子夫人は『小宮山さんは田中さんを支持する。夫は総裁選で福田さんが勝つとみていたようですが、佐藤派内の空気から田中さんが勝つと思っていた』と、ハッキリ言っていました」

 これはのちのことだが、昭和47年(1972年)7月、佐藤は7年8カ月の政権退陣にあたってメディアとの最後の記者会見をした。佐藤の新聞記者嫌いは有名で、記者たちは世田谷区代沢の佐藤邸をもじって「代沢にネタなし」と突き放す記者も少なくなかった。佐藤と記者の間には、それまでの会見でも佐藤は“黙々ぶり”を発揮、明確な答えを避けるなどでギクシャクが絶えなかったのである。この会見の場で、佐藤はこう言った。
 「新聞記者諸君は出ていってもらって結構。テレビはどこだ。前に出なさい」と、新聞記者に向けての“最後っ屁”をかました。ブンむくれの新聞記者たちは一斉に部屋を出、テレビだけの異例の会見となった。この発言には、これまでの佐藤としての記者に対する“憤怒”ぶり、慎重で鳴った人物だけに落ち着きを失った心境が忖度できる。この会見を振り返って寛子夫人は、のちに筆者のインタビューにこう答えたものだった。
 「ふだんから愛想もヘチマもない栄作でしたから私も慣れっ子でしたが、あのときはさすがにマズイなぁと思いましたよ。しかし、家に帰ってきたときも、私は何も言いませんでした。『女は黙ってろッ』が、栄作の口グセでしたから。翌日の新聞朝刊を見るのは怖かった。案の定、記事は記者の“シッペ返し”が踊っていました。栄作は、結構ケロリとしていましたが」

 しかし、寛子夫人はこんな佐藤の最大の理解者でもあった。首相の座にすわった多くが口にするのは、「最高権力者ほど孤独な者はいない」ということである。国家、国民の全責任を背負う。一つ一つの決断の重圧感は、首相自身しか分からぬということである。これについても、寛子夫人は筆者のインタビューで、佐藤の“もう一つの顔”をこう話してくれたものだった。
 「総理大臣としての栄作の孤独の背中は、いやというほど見ました。栄作は、元々、運命というものを信じる人でした。首相公邸住まいのときでも、方位、八卦の本をよく読んでいたものです。また、トランプ占いは結婚前からやっていました。ある政局が緊張した日、深夜、栄作の部屋から明が漏れているのを見たんです。襖を3センチほど開けてみると、一人布団の上にすわり込み、何かブツブツ言いながらトランプをめくっていたのです。その後ろ姿にはゾッとしましたが、総理の座がいかに孤独か、改めて知ったものでした」

 そうした首相の重責から解放された佐藤は退陣後、髪形を長髪に変え、周囲を驚かせた。寛子夫人のさしがねによる“イメージ・チェンジ”だった。結婚以来、初めて妻の言うことを聞いた佐藤ということであった。
 その後、首相を長く務めたことで、昭和47年11月、大勲位菊花大綬賞を拝受、礼装して夫婦二人してカメラにおさまった。驚くことに、二人にはどうしたものか結婚式の写真が一枚もなかったのである。47年目にしての“結婚写真”であった。
 昭和49年12月、佐藤はノーベル平和賞を受賞、このときの北欧行きが夫妻の“最後の旅”になったのだった。
(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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