菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(156)

掲載日時 2017年06月05日 16時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年6月8日号

◎快楽の1冊
『五感の哲学 人生を豊かに生き切るために』 加藤博子 KKベストセラーズベスト新書 830円(本体価格)

 囲碁の最強名人がAI(人工知能)に負けた。AIが星新一ばりのSF小説を書いた。東大入試も突破寸前。2030年には今あるほとんどの職種がAIに取って代わられる…。これらを伝える報道記事の方がよほど機械的というか、無味乾燥な印象を受ける。それは事実だけを知らせるのが使命だからなどは言い訳で、野球の話題なのにやれ広島が優勝したら経済効果が何千億円だかを先に言ったり、結婚は「コスパ」が低いからやめておけ、などと同じ類の了見なのだ。索漠としてスカスカ。
 大学の上級生にいわゆる「共感覚」の持ち主がいた。文字や数字にいちいち色が付いて見えてしまうという特異体質で、彼の場合は東西南北の方角が着色される珍しいケース。例えば、北が青く南が黄色で東は緑なら西は灰色、といった具合だから冗談で当時、「赤羽が青くて目黒が黄色だと厄介ですね。これじゃ、果たして方向音痴なのか、色覚障害なのか」とやったら苦笑いされたのを思い出す。
 しかし、ふと考えると傑れた噺家が高座で「時そば」を演じれば生唾が沸いて辛抱たまらぬように、いい文章には匂いがあり艶があり声に出して読みたくなる響きあり。とりわけ際立つのはお香、あれを「嗅ぐ」のではなく香を「聴く」という日本語表現のゆかしさよ。なるほど耳を澄ますように匂いを…と、ここまで来て小学生時分に銀杏の香りでなぜか性的な興奮を覚えた記憶がよみがえった。これがプルーストならマドレーヌの舌触りからたどって大長篇を完成するところだが、そこは凡人の悲しさ。とはいえ、だからこそ不惑過ぎて初めて知った鮨種でつぶ貝の旨さや、痛風が出てビールがあまり飲めなくなったこと自体をかみしめたい。AI万能の世になればそれだけ、生身の人間にむしろ絶対に必要となるのが哲学のはず。本書はその最良の道しるべに違いない。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 先日、テレビで歴代No.1プロレスラーを決定する『プロレス総選挙』という番組が放送され、プロレスの人気の高さを再認識した。そこで今回は、お笑い芸人の玉袋筋太郎さんの新刊書籍『痛快無比!! プロレス取調室』(毎日新聞出版/1500円+税)を紹介したい。
 昨年9月に刊行した『抱腹絶倒!! プロレス取調室〜昭和レスラー夢のオールスター編〜』に続く第2弾。昭和〜平成初期に活躍したレスラーたちに根ほり葉ほり、名勝負の裏事情やレスラーたちの人間関係秘話などを聞いたインタビュー集だ。今回のサブタイトルは『ゴールデンタイム・スーパースター編』。
 登場するレスラーは武藤敬司、スタン・ハンセン、キラー・カーンをはじめ、実力派女子レスラーのブル中野、さらにアントニオ猪木のマネージャーとして“過激な仕掛け人”と言われた新間寿ら。
 アンドレ・ザ・ジャイアントの脚をへし折ったキラー・カーンの意外にシャイな素顔、武藤敬司が体験した入門直後の驚愕エピソードや遠征時の人気レスラーたちの笑える行状、そしてうれしいのは、今やメディアにもほとんど出演しない真のレジェンド、スタン・ハンセンが雄弁かつユーモアたっぷりに語っているところ。インタビュアーが筋金入りのプロレスファンの“玉ちゃん”だけに、強面ハンセンが打ち解けた雰囲気で繰り広げるトークは楽しさいっぱい。
 この本を読んだら、昔の友人たちと居酒屋でプロレス談義に興じたくなる。男子のロマン極まれりの1冊。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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