菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(177)

掲載日時 2017年11月04日 12時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年11月9日号

本好きリビドー(177)

◎快楽の1冊
『陸王』 池井戸潤 集英社 1700円(本体価格)

 流行りものには極めて奥手&ついついダークダックス風に斜に構えて距離をとってしまう筆者。池井戸作品は大ヒット『半沢直樹』シリーズも『下町ロケット』も、原作はおろかドラマまで一切見逃し、やりすごしてきた。
 一応“本好き”の書評欄の片隅に占める身としては不勉強の謗りを免れず、それこそ本当に「花咲舞が黙ってな」さそうだが、そんなぶらり途中の一見の読者でも、心地よく著者の剛腕に引き摺り込まれ、600ページの厚さが巻措く能わず、やめられない止まらない活字かっぱえびせん状態に陥ること保証つきの傑作だ。
 主人公は創業100年を超える足袋屋の社長。所帯こそ小さいものの熟練工の揃った老舗で、将来を見据え一念発起。新規事業にと足袋づくりのノウハウを活かしたランニングシューズ開発に挑む。しかし、行く手に立ちはだかる巨大ブランド(これがア○ィダス乃至ア○ックスを彷彿とさせる)に跳ね返され、「がんばれ!ベアーズ」的な初期設定にそそられる。やがて理想のシューズ製造過程で、何が足らず、何が必要なのか。欠けた穴を埋めていく訳ありのプロたちが、1人また1人と仲間に加わっていく――とくりゃ気分は「七人の侍」。心憎いばかりの物語展開に重なるのは、必ずしも足袋屋を継ぐのに乗り気でない長男と父・社長との葛藤。青年がいかに精神的成長を遂げるか、ビルドゥングスロマンの側面もみえて思わず目頭が熱くなる。
 仕事とは何か、仕事に賭けるプライドとは何か、直球すぎる問いから逃げない登場人物たちが愛おしい。“技術立国”“ものづくり日本”などと正面切った字面だけなら照れ気味に顔を伏せるところ、こうして王道の娯楽小説に仕立てられると全身で共感。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 本のタイトルは『売春島』(彩図社/1600円+税)。
 こう聞いて「ああ、あの島だね」と思い浮かべる読者も多いだろう。それほど知られた存在でありながら正式な名称をクチにすることは憚られた「三重県のあの島」と呼ばれる場所。本書はその島の成り立ちから多くの男たちが訪れて華やいだ全盛期、そして、現在の状況までをつぶさにルポした1冊だ。
 同書によると、島で売春が行われるようになった成り立ちがまず興味深い。話は江戸時代末期〜明治初期にまでさかのぼる。島は「風待ち港」、つまり物資を運搬する船が、運航するのに程よい風を待つため停泊する場所だった。そこに、船員相手の「女郎」が現れる。
 第二次大戦終戦後に売春が禁止されると、今度は「置屋」が登場する。置屋は表向きはスナックなどの飲食店だが、娼婦が在籍し、交渉が成立すれば別室で性行為に及ぶ。置屋を最初に開設した「4人のオンナ」の内、現在も存命中の1人に直接インタビューするなど、体当たりで敢行した取材が生々しい。
 1980年代初め頃の最盛期には常時50〜60人ほどの娼婦がいたという島も、現在は衰退し寂れた雰囲気が充満しているという。
 凋落した理由は何だったのか? また、「島から泳いで脱出した女がいた」「島で写真を撮るのはタブー」など、今もネットに絶えず拡散する島にまつわる都市伝説も検証し、読み応えあるノンフィクションとなっている。
 著者は、ルポライターの高木瑞穂氏。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

関連タグ:本好きリビドー

エンタメ新着記事

» もっと見る

本好きリビドー(177)

Close

マダムとおしゃべり館

▲ PAGE TOP