彩川ひなの 2018年7月5日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 竹下登・直子夫人(中)

掲載日時 2018年01月29日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年2月1日号

 昭和62年(1987年)10月、竹下登は時の自民党総裁(首相)だった中曽根康弘の「裁定」により、自民党第12代総裁(首相)に就任した。
 時に、総裁選をやっても竹下の圧勝が既定事実になっていたこと、中曽根自身が自ら竹下に譲ることで退陣後の政権への影響力を残すとの思惑の二つが働き、あえて「裁定」という形を取ったものといってよかった。竹下はこれで、飛び抜けた周囲への「気配り」と「辛抱」ぶり、一方で秘めた「したたかさ」で、病気で再起不能の“親分”田中角栄元首相の長い呪縛からようやく抜け出し、天下を手にしたということだった。

 気丈で鳴る妻・直子は夫が晴れて総裁に決まったその日、初めて夫の姿を目にした瞬間、さすがに感無量の涙で出迎えることになった。直子がそれまで夫の前で涙を見せたのは、昭和33年(1958年)5月、竹下が衆院選で初当選を飾ったときだけ。涙はそれまで、たった二度だけだった。その気丈ぶりが知れるが、一方で竹下に劣らぬ「気配り」ぶりも発揮した。この二つについて、竹下派担当だった政治部記者のこんな証言が残っている。
 「竹下は首相になった翌年1月、初の外遊としてフィリピンでのASEAN(東南アジア諸国連合)の会議に出席した。時に、フィリピンは政情不安と相次ぐ飛行機事故などもあって、周囲から『夫人の同行は取り止めたらどうか』の声が多々出た。しかし、夫人はキッパリ『主人とともに行きます』だった。『ハラがすわった“ファースト・レディー”だ』の声がしきりだったのです。
 そうした気丈さの一方で、首相になる前までは麻雀相手のほか、夜回りの記者への気配りも抜群だった。料理が得意で、魚の三枚おろしなどはお手のもの。鶏も1羽を巧みに解体、竹下家の“売り物料理”として記者に水たきをよくふるまっていた。そうした中、夫人は1杯入ったところでの記者との雑談でそれとなく情報収拾、ちょっとしたポイントを竹下にアドバイスしていたそうです。記者への気配りの中で、見事に“内助の功”を果たしたナカナカの女性でした」

 「内助の功」は、先のフィリピン外遊の直後の初訪米の際にも発揮された。これには、同行記者の証言がある。
 「日米首脳会談の相手は、レーガン大統領。レーガンは会談後、竹下夫妻をホワイトハウス内の大統領夫妻居住棟にある居間に招き入れ、両夫妻で2回の“お茶会”をやった。通例、外国からの客人を居間に招くことはなく、極めて異例だった。
 このとき、直子夫人はレーガンがここまでする“竹下訪米”の重みをしっかり受け止めたことが、並みのファースト・レディーではないことを物語っている。その“お茶会”でも、レーガン夫人のナンシーが折から麻薬追放運動の旗振り役をやっていることをほめたたえ、一方でレーガン夫妻との呼吸の合っていた中曽根前首相の名を出し、『(前首相から)くれぐれもよろしく伝えて欲しいと頼まれてきました』とも口にした。これは、一方で竹下を総裁に裁定した中曽根への気配りでもあったのです。
 また、レーガンと中曽根が『ロン』『ヤス』とファースト・ネームで呼び合ったことから、レーガンが『今後は私たちも“ロン”“ノボル”と呼び合おう』と提唱。一方で夫人同士も『ナンシー』『ナオコ』と呼び合うことを持ちかけると、直子夫人も臆することなく『ナンシー』と口を切って見せたものです。こうしたことも手伝い、竹下内閣時代の日米関係は極めて良好に運んだ。永田町では、直子夫人のハラのすわった気丈さ、気配りぶりによる“ファミリー外交”が、その背景にのぞけたという声が多かった」

 そうした竹下政権は、当初、「長期政権」の見方が大勢であった。しかし、そのさなかに「リクルート事件」が発生、その責任を取り、昭和と平成をまたぐ形で竹下内閣は1年7カ月の「短命政権」をよぎなくされたのだった。平成元年度予算案の成立が、いささか寂しい“花道”となっている。

 さて、まさに夫婦相和した感のある竹下夫妻の結婚生活は都合55年間に及んだのだが、直子は夫・竹下をこう語ったことがある。
 「夫の辛抱強さはよく言われますが、私から見るとそれこそ政治家になるために生まれてきたような人です。自己主張はしない、私たち家族の言うことも突っぱねることはまずない人です。しかし、一度こうと決めたら私たちがいくら口をはさんでも絶対ダメ。意志ということで言えばこれ以上固い人はいない、尋常ならずだと思っています」

 夫妻の結婚は、竹下がまだ早稲田大学商学部に在学中の終戦から間がない昭和21年(1946年)。じつは、そこに至るまでの道のりには、いささかの経緯があった。竹下は再婚、直子とのそれは先の夫人の言葉にあるように竹下の底にひそむ「意志の固さ」がのぞけたのだった。
=敬称略=(この項つづく)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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