貞淑美女タレントの性白書 倉科カナ 竹野内豊を“ウェルかめ”した元朝ドラ巨乳ヒロイン(2)

芸能・2014/11/16 19:00 / 掲載号 2014年11月20日号

 倉科カナは1987年12月23日、熊本生まれの26歳。
 「両親に祖父母、3人の妹と末の弟に、10匹ほどの犬を飼っていた大家族。末の弟は、上京した頃に生まれたようです。大家族の長女だったせいか、高校時代、飲食店でバイトをして家計を助けていたそうです」(写真誌記者)

 芸能界入りのきっかけは、熊本信愛女学院高校3年生の時に応募した『SMAティーンズオーディション2005』で、グランプリを受賞したことだった。
 「カトリック系の同校のモットーは『聖く・明るく・美しく』で、清楚をイメージした制服が、近隣の高校生から“カワイイッ!”と評判ですが、その当時から彼女は“有名人”で、ひときわ目立つ存在だったそうです」(常山氏)

 '06年には『ミスマガジン2006』でグランプリに選ばれ、以後、グラビアを中心に活動するようになった。
 「この頃撮影された映像は“お宝”として今でもマニアの間でも大評判になっています。彼女のファーストDVD『ミスマガジン2006グランプリ倉科カナ』(バップ)というもので、かなりの高値がついているそうです」(テレビ局制作スタッフ)

 ちなみに、デビュー当時のサイズは身長158センチ、B89・W58・H87。
 「もう、この頃から“Fカップ巨乳”を誇っていました。件のDVDの中でも、その見事なおっぱいが生き生きと躍動するシーンがたくさんあって、何度も“お世話になった”若者が多かった。コマ送りすると“ピンク色の乳首”が見えるという話もありました」(お宝ライター)

 現在出演中のドラマでも、猛ダッシュするときに揺れまくる胸元が話題になっている倉科。
 「彼女はデザイナーアシスタント役ですが、今はFよりワンランク上のGカップになっているかもしれません。揺れ方がハンパじゃありません。ユッサユッサ、ブルンブルンといった感じです。男性出演者及びスタッフは、いつも彼女のおっぱいに釘付けです」(ドラマ制作関係者)

 倉科の名前を一躍有名にしたのは、NHK朝の連続テレビ小説『ウェルかめ』('09年10月〜)への出演だった。
 「5回目のオーディション挑戦で、見事、ヒロインの座を射止めたのです。応募者1775人の中から選ばれました」(スポーツ紙放送担当記者)

 決め手となったのは、やはり“巨乳”と、もっぱらの噂だった。
 「その直前まで、宮崎あおい、榮倉奈々、多部未華子など、すでに連ドラや映画で主演の実績がある女優を起用するケースが続いていただけに、倉科の起用にはビックリしました。担当プロデューサーが巨乳好きで、“エロ”を意識的に取り入れたのではと囁かれたものでした。これで、グラビアの仕事を封印しました」(芸能記者)

 しかし、視聴率は歴代ワーストの平均13.5%と惨敗だった。
 「正直、この数字は痛かった。その後、倉科はハスッパな役や底意地の悪い役などが多く、朝ドラ出身にしては雑に扱われてきた感があります。何もないところで急に転んだり、携帯とかなくしてしょっちゅう探し物をしていたり、まあ男が守ってあげたくなるようなカワイイところのある女の子なんですけどね」(ドラマ制作スタッフ)

 お笑いコンビ『よゐこ』の濱口優との交際が発覚したのは、この朝ドラが終了した頃だった。
 「'08年に放送されたコント番組『コンバット』(フジテレビ)で倉科と共演したお笑いタレントが合コンをセッティング。濱口に引き合わせたのです」(芸能記者)

 お笑い好きの倉科と濱口は、すぐに意気投合。濱口のライブに倉科が駆けつけたり、東京・お台場でのドライブデートが目撃されたりもした。
 「実は、濱口の下半身は“ビッグマグナム”といわれていて、倉科の他にも、小倉優子、上原さくら、藤本美貴らと浮名を流してきたお笑い界一のプレイボーイ。もう別れてしまいましたが、倉科も、そのテクニックに“ウェルかめ”してメロメロになってしまいました」(お笑い関係者)

 ただ、ますます正統派女優のイメージが薄らいでしまったのは確か。
 「そこで竹野内の登場となった。彼女には、テレビ局スタッフの彼氏がいるとの情報もあるんです。それにマンションには妹と2人で住んでいますし、竹野内と男女関係にあることを臭わせる“実体”もありません」(芸能記者)

 それより何より、女優として思い切ってFカップ巨乳を露出することの方が先決だ。

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