菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(173)

掲載日時 2017年10月07日 18時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年10月12日号

◎快楽の1冊
『明日なき身』 岡田睦 講談社文芸文庫 1500円(本体価格)

 正直に告白すると、筆者はうかつにも本書の著者を初版の単行本の段階で恩田陸氏と間違えていた。あの叙情溢れるミステリの名手が今度は題名からしてハードボイルドか? てな具合(それにしても名前の字面が似ていないか。岡田睦と恩田陸。同様に紛らわしいのが時代小説畑でも「隆慶一郎」と「峰隆一郎」のケースあり)。ところが型式こそ私小説のこの作品集、ハードボイルドどころでない内容の苛烈さに読後暫し暗然とするだろう。
 作家本人と覚しき主人公は3度目の離婚の果てに妻に追い出され、生活保護を受けつつ居所を転々と移る破目に陥る。静かな地獄巡りとも云うべき苦境を綴る文体が、とにかく淡々と冷静なのが怖くも面白い。“自己を突き放す”とかいった、どこか体裁のいい表現とも違う、極度に無表情な筆遣いなのだ。
 まるでアキ・カウリスマキ監督の映画に出てくる人物のごとく、歩一歩とどん底に向かってあたかも順調に進んでゆく様を、ただ見せられるしかない。…今回の文庫化に際し、7年前に文芸誌に発表した現時点での最新作、短篇『灯』が加えられたが、何と著者の消息はその後、不明だとか。
 かつて三代目桂春團治門下で春輔を名乗りながら、奇天烈すぎる芸風と人格が災いして破門後は「祝々亭舶伝」の名で一部の演芸マニアに迎えられた落語家がいた。もはや壮絶の域に達した貧乏話が売りで、筆者も学生時分俄かに追っかけたが、臨終時刻の分からぬ亡くなり方をしている、と、理由なき連想を。
 やれ“下流”“独居老人”の悲惨な“孤独死”といったマスコミに踊る言葉が、結局はどこか他人事のように感じていられる只今だが、改めてタイトルの「明日なき身」が「明日はわが身」に思えてきた。辛い。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 風俗・売春などセックスを「お仕事」とするのは、いけないことなのか? セックスワーカーは山ほどいるのに、大半の女性がクチにできないのは、一体なぜなのか?
 そんな素朴な疑問に答えるべく、中村うさぎさんが現役風俗嬢や熟女AV女優、性風俗研究家らと主に対談形式でぶっちゃけた書籍が『エッチなお仕事なぜいけないの?』(ポット出版/2500円+税)だ。
 内容は「なぜ彼女たちは風俗嬢として生きるのか?」「セックスワーカーをなくせば女たちは救われるのか?」「性の売春は何故、『穢れ』と見做されるのか?」の3章構成。いずれの設問も答えは単純に「おカネ」…と思うだろうが、実は違う。幼年〜青年期に経験した性的虐待がトラウマとなって性を売らざるを得ない女性や、女としての価値を知りたい熟女など、理由はさまざま。ところが、どういう理由だろうとセックスワーカーは差別される。根底には根深い社会問題が横たわっていることを本書はつぶさに解説していく。
 一方で、タブー視されながらもセックスで生活の糧を得ることで救済される女性たちがいる。彼女たちが働く場所は射精産業しかないのだから「『幸福』や『居場所』は他人が口出しすることじゃない」と、中村さんは主張する。
 男にとって風俗や買春は、しょせん“遊び”でしかない。だが、相手をする女性たちも生身の人間であり、生きる悩みや苦労を抱えているという、当たり前のことに気付かされる1冊だ。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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