菜乃花 2018年10月04日号

40年にわたった85歳のストーカー 最後は“電マ”持参で被害者宅に突撃!(2)

掲載日時 2017年06月18日 23時00分 [事件] / 掲載号 2017年6月22日号

 とりあえず、被害者の白石光代さんに謝罪しようと菓子折りを持って行ったが、門前払いされた。
 「今までガマンにガマンを重ねてきた末の事件です。このまま岩本さんを許すわけにはいきません。弁護士と相談して、損害賠償請求させていただきます」

 光代さんのことはよく知っている。初めて会ったときは、まだ20代の美しいお姉さんだった。それが今、目に涙をためて、見たこともない形相で怒っている。
 光代さんもすでに66歳になる。一夫は父親の大作が仕事を辞めてから今日までの、全く知らなかった裏の顔を知ることになった。

 岩本一家が長屋に引っ越してきたのは高度経済成長末期だった。父親の大作は測量会社を経営し、一夫は中学生、妹はまだ小学生だった。それから数年後、大作は「子供が大きくなってきたので、部屋が手狭になった」と言って、別の部屋を追加で借りることになった。その部屋の隣には白石光代さんが住んでいた。
 大作はすぐに新たに借りた部屋に入り浸るようになった。まさか、その目的が光代さんの情報収集や盗撮にあるとは、家族は夢にも思わなかった。大作が後に語ったところによると、「初めて会ったときから一目ボレだった」らしい。

 大作は特技のカメラ技術を生かして光代さんの後ろ姿などを盗撮した。光代さんの情報を集めるために町内会の役員にもなった。
 その後、一夫は社会人になって独立し、妹も結婚して家を出て行った。そうなると、もともと住んでいた部屋と子供のために借りた部屋二つを借りる意味は全くなくなったが、大作は解約を断固拒否。そのまま20年以上にわたる夫婦の別居生活が始まった。

 それでも仕事をしている間はよかったが、リタイアしてからは光代さん一辺倒の生活になった。朝から行動を監視したり、偶然を装って出会ったり、《あなたのことが好きでたまりません》というラブレターを書いたりした。
 光代さんとしては大家と店子という関係から、やんわりと拒絶したが、そうなると「光代ちゃん、オレの気持ちを分かっているだろう!」などと外で騒ぎ立てたり、風呂を窓から覗いたり、女性器の絵を描いて家の壁に張り付けたりした。
 さらに留守中に光代さんの家に侵入し、自分がそこにいた痕跡を残していくようになった。光代さんがいつも寝ている布団の中に潜り込んだり、洗濯カゴの中から使用済みの下着を盗んだり、部屋の中を盗撮した大量の写真を玄関に置いていったりした。

 それでも光代さんが逃げられなかったのは、同じ長屋に住む介護中の母親がいたからだ。それに、こんな被害を受けていることを申告するというためらいや恥ずかしさもあった。光代さんはひたすらガマンする道を選んだのだ。
 だが、それはますます大作を増長させただけだった。就寝中に堂々と夜這いをかけてくるようになり、あわやレイプされそうになったのは事件のときだけではなかったのである。

関連タグ:男と女の性犯罪実録調書

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