プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「ドン荒川」数限りない逸話を残した“前座の力道山”

スポーツ・2020/02/16 08:00 / 掲載号 2020年2月20日号

 破天荒なエピソードの多さもあり、一介の前座レスラーにとどまらぬ知名度を誇ったドン荒川(荒川真)。SWS設立時には黒幕として名前が挙がるなど、実はプロレス史におけるキーマンの1人でもある。

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 昭和のプロレス興行において不可欠だったのが、チケット販売などを助けてくれるスポンサー、いわゆるタニマチの存在である。

「かつて、ある団体の営業担当は『暴力団、宗教団体、韓国・朝鮮系団体は、地方興行を成功させるための三種の神器だ』とまで言っていました。独自の販売ルートを持つ強固な組織と懇意にしておけば、確実に一定数以上の大会チケットがさばけたそうです」(プロレス記者)

 宗教に無頓着なアントニオ猪木が、一時期、某団体の“手かざし”に執心していたのも、これに関連してのことと思われる。韓国や朝鮮については力道山をはじめ、そちらの国にルーツを持つレスラーが多いことと無縁ではなかろう。

 そうしたタニマチとの付き合いは、プロレス団体の運営という意味で考えたとき、リング上の試合よりも重要だったりする。そこで活躍したことで知られるのが、新日本プロレス出身のドン荒川や永源遥であった。

「ジャイアント馬場はタニマチ付き合いに消極的だったといわれますが、ジャパンプロレス分裂時には永源の持つ太いタニマチ筋への期待から、全日本プロレスに所属選手として残したという話もあります」(同)

 さて、今回取り上げるドン荒川は、SWSを興したメガネスーパーとの関係がよく知られている。

「SWS設立においては荒川の助言があったといわれますし、旗揚げの約1年前に新日を退団しているところをみると、設立準備のため、実務の部分でも動いていたのでは…」(同)

 そう考えると荒川は、良くも悪くも日本のプロレス史に大きな足跡を残したと言えるだろう。

 誰とでも仲良くなれる明るい性格でサービス精神も旺盛な荒川は、レスラーならではの鯨飲馬食ぶりでタニマチのご機嫌をうかがった。酒一升を19秒で飲み干したというから、もはやビックリ人間のレベルである。

 新日時代、前座レスラーであったにもかかわらず、旅館での宴会では猪木と坂口征二に次ぐ第3の席次で、巡業バスの座席も猪木の真後ろを定位置にしていたといわれる。おそらく猪木も、荒川のタニマチ付き合いの“技量”を認めていた部分があったのだろう。

 だが、コミュニケーション能力の高さは時にトラブルの種となり、SWS設立以外にもさまざまな“事件”の背後に荒川の名前が見え隠れする。

「有名な新日勢による熊本の旅館破壊事件も、発端こそは武藤敬司と前田日明の言い争いとされていますが、そのとき最初に武藤を焚きつけたのは荒川だったとの証言があります。また、長州力と橋本真也の確執やSWSで北尾光司がビッグ・ジョン・テンタに『八百長野郎!』と暴言を放ったのも、そもそもは荒川があおったことがきっかけだったとか…」(同)

★“ひょうきん”とガチンコを両立

 一方、レスラーとしての晴れ舞台といえるのは、1985年にザ・コブラの持つNWA、WWFのジュニア王座に挑戦したぐらいだが、これは大量離脱で選手層が極端に薄くなったために駆り出されたという経緯がある。

 ともかく荒川はストロングスタイルを標榜する新日にありながら、なぜか前座試合で“ひょうきんプロレス”を展開し、カンチョー攻撃や観客との掛け合い(声援が飛ぶと「ハイ!」と大声で返事をするなど)で会場を沸かせるのが常だった。

 それでいて周囲から一目置かれていたのは、タニマチとのパイプの太さや後輩への面倒見の良さもさることながら、荒川自身のシュートの強さがあってのこと。稽古においては、カール・ゴッチとのスパーリングで一度も極めさせず、猪木にも平気で挑んでいったという。

「同期入団の藤原喜明も荒川の実力を認めていて、後年、荒川が藤原組に参戦した際には『道場の稽古のままをやってくれればいい』と伝えたそうです。もっとも、強いのは相手を抑え込むまでで、そこからの極めの技術はさほどでもなかったとする評価もありますが、それでもゴッチに極めさせないというのは立派なものです」(プロレスライター)

 なお、荒川のベースはアマレスで、その技術を磨いたのは明治大学のレスリング部というのだが、荒川の最終学歴は高卒であり、明治大学の学生ではない。部外者ながらしれっと練習に参加していたそうで、そんなところにも荒川の人柄が見て取れよう。

ドン荒川
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PROFILE●1946年3月6日生まれ〜2017年11月5日没。鹿児島県出水市出身。
身長175㎝、体重100㎏。得意技/カンチョー攻撃、ジャーマン・スープレックス・ホールド。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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