美音咲月 2019年7月25日号

田中角栄「怒涛の戦後史」(5)元進歩党大幹部・大麻唯男

掲載日時 2019年07月08日 06時00分 [政治] / 掲載号 2019年7月18日号

 「田中しゃん、じつはGHQ(連合国軍総司令部)の命令により、近々の衆議院の解散・総選挙が決まっておるんじゃ。ために、われわれはいまの大日本政治会を解散、新しい政党で戦うべく日本進歩党を結成した。しかし、総裁候補に宇垣一成と町田忠治の二人が名乗りを挙げ、双方一歩も譲らない状態となっておる。

 やむなく、党としては選挙資金などの必要性から、早く300万円をつくったほうを総裁とすることに決めた。自分は町田を推しておるのだが、あーた、なんとか融通願えんものか…」

 人は多く、人生で自分の生き様を決めてしまうような人物と出会う。結婚相手、友人、さまざまな出会いがあるが、田中角栄が事業家にとどまらず政治の道を歩むことになったのも、訛りかくさずの開けっ広げな性格、しかし一方で、「寝業師」の異名を持つ老練な政治家の大麻唯男との出会いがキッカケだった。

 中曽根康弘元首相がその著『政治と人生』(講談社)で、かつて言論界で一世を風靡した徳富蘇峰から聞いた“大麻人物評”を、次のように明かしている。どんな人物だったのか。「寝業師」の、もう一つの側面である。

 「茶坊主第一等である。手を叩けば、最初にお茶を持ってくる。ウナギのようにどこかへもぐり込んで、ひょっと頭の上の石垣の穴から顔を出す。ケンカを止めたり、人のやりくりに適任。カネには近いが、(扱いは)きれいで自ら蓄えることはしない」

 この大麻との出会いがなければ、のちに波乱多き人生を歩むことになる田中の政界入りはなかったかも知れず、「おらは、田中の青年時代から知っているが、事業で生きれば間違いなく三井、三菱くらいの大物実業家になっていた」(荒舩清十郎・元運輸相)との話も、現実味を帯びていた可能性もある。

 じつは、戦前にして「田中土建工業」を軌道に乗せていた田中は、同社の顧問を三人抱えていた。東京帝大卒の華族で宮内省次官になった白根松介、明治大学時代に弁論術を学び、報知新聞、講談社で言論活動をしたあと建築協会関係の専務理事に就任した岩崎英祐、そして「進歩党」大幹部の大麻ということだった。ちなみに、死刑廃止論などで知られたリベラル派弁護士の正木亮が顧問として一枚加わるのは、戦後になってからということになる。

 それにしても、戦前まだ24歳ほどの“若造社長”ながら政界、言論家で活躍、そのうえ上流階級の情報を持つ華族出身者を顧問として抱え込むという田中の炯眼は、人脈形成という点でやはり並ではなかったと言える。後年、強大無比の全国津々浦々までの人脈を築き上げた人脈形成術は、すでにこの時点においてその芽があったということになる。

★「田中しゃん、あーたに惚れた」

 さて、終戦からまだ3カ月足らずの昭和20(1945)年11月、大麻から東京・新橋の料亭「秀花」に呼ばれ、冒頭のような進歩党へのカネの無心を受けた田中は、二つ返事で献金に応じた。ただし、全額を出したのかは、資料のどこにも出てきていない。

 いずれにしても、田中の献金に満足した大麻が、次のように膝を乗り出してきたのだから、田中のカネ放れのよさを改めて知ったとみていいようだ。当時の300万円は、物価などから算定すると今日の15〜20億円ほどと推察されるのである。

 この無心から2週間後、大麻は改めて田中と会い、こんどは衆議院が解散したあとの選挙に出馬してみないかと誘いをかけてきた。大麻はいかにも「寝業師」らしく、こう田中の心を揺さぶったのだった。

 「あたしはね、田中しゃん、あーたに惚れとる。頭は切れる、実行力もある、カネも切れる。こういうしぇいねん(青年)こそを、いまの日本は求めておる。しかるに、わが党にはなかなかいい候補がおらん。あーたはあたしを助けてくれたが、こんどはしぇいねんとして、なんとか国家の再建に力を貸してもらえんものか。ぜひ、立候補してくれましぇんか。あーたは、15万円(現在の約1億円ほど)出して、黙って1カ月おみこしに乗っておればよろしい。あたしが、当選を請け負いましゅよ」

 迷った田中だったが、軍隊時代に「戦争が終わったら、社会のお役に立ちたい。代議士になりたい」と仲間に語っていたこともあって、この話から2週間後に立候補を決断、承知した。一度こうと決めたらブレないのが、一貫した「角栄流」の生き方である。

 結局、昭和21年4月の戦後初の総選挙への出馬は次点で落選、翌22年4月に第1次吉田(茂)内閣が解散に踏み切ったことで再チャレンジし、田中は時に進歩党から改組した民主党から出馬して当選、「政治人生」への第一歩を踏み出すことになるのである。

 そのキッカケをつくったのは大麻との出会いだったが、以後、門閥なしの田中は、やがて自らの才覚で保守政治の本流を歩み、出世の階段をのぼることになる。そのキッカケは、時の最高権力者、「ワンマン」吉田茂首相の懐に入ることにほかならなかったのだった。
(本文中敬称略)

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【著者】=早大卒。永田町取材49年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『愛蔵版 角栄一代』(セブン&アイ出版)、『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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