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おやじ雑学 江戸時代 粋な男と女の「色恋実話集」(2)

掲載日時 2014年11月06日 17時00分 [エンタメ] / 掲載号 2014年11月13日号

 インターネット上にある「あなたは不倫をしたことがありますか?」というアンケート調査によれば、三十路未婚女性の半分近くが経験ありとか。
 江戸時代にも、もちろん不倫はあった。いや、もしかすると他に楽しみがなかった分、現代よりも盛んだったかもしれない。

 江戸時代、不義密通は命懸けだった。武士の妻なら相手の男とともに「二つに重ねて四つに切る」といわれ、2人束ねて斬り殺されることもあった。ただ、そんなことをすれば世間体が悪いということで、示談にすることが多かったらしい。
 当然、庶民の間でも盛んで、店の主人やおカミさんが奉公人を相手にする。おカミなどはさらに金の力で役者や手習いの師匠を相手に、アバンチュールを楽しんでいたようだ。
 長屋のやもめ男の手近な相手といえば、同じ長屋の女房たちだ。亭主の留守中に懸命に口説く。女房も、くたびれた亭主よりも粋で若い男の方が魅力的。口説かれて、まんざらでもない気分で応じていたようだ。
 「町内で知らぬは亭主ばかりなり」
 間抜けな亭主を笑った江戸時代の川柳がはやり、天保時代の笑い話のネタにもなっている。

 ともあれ、想像以上にさばけていた江戸時代の恋愛事情。その密会の場となったのが“待合茶屋”や“出合茶屋”だ。これら茶屋では食事も出すが、裏手にも出入口を造るなど、人目につかぬ工夫もされていた。
 不忍池周辺に密集し、現在の東京・湯島近辺にラブホテルが多いのは、その名残ともいわれる。
 他にも船宿や屋形船、うなぎ屋などの料亭の個室や離れが、逢い引きの場所として利用されていた。料理が出てくるまで、舟が岸に着くまではしっかり密室。宿側もその事情は知っているから、料理を運ぶなど最低限必要なときにしか顔を出さない。その間に悦楽にふけるというわけだ。
 ただ、いずれも高額で、庶民にはなかなか手が出ない。ちょっとした空き家などをうまく利用し、慌ただしくもしっかりと事を済ませていたようだ。

 ひと晩で千両箱を何個も費やした紀伊国屋文左衛門や奈良屋茂左右衛門−−。
 遊郭・吉原は、そんな2人の豪遊合戦で知られているように、格式の高い大見世(一流の妓楼)で遊ぼうとすれば、それこそ莫大な財力が必要だった。
 財力だけではない。“お大尽遊び”をするには、吉原特有の厳格なしきたりを守る忍耐力、そしてさまざまな教養や素養も必要だ。

 実際、大見世に行く前には、まず引手茶屋に話を通さなければならない。その後、大見世を通して目当ての花魁と対面する。
 だが、ここでもまず案内されるのが“引付座敷”という豪華な部屋。ここで“初会”をするが、このときには話すらできず顔合わせだけ。2度目(裏を返すという)でようやく言葉を交わせるようになり、通うこと3回目(なじみ)でやっとお床入り。
 それでも料金(揚げ代)は、1度目も2度目も1両2分(約15万円)。他に宴席代や花魁のお供たちへのチップが1回につき7両2分(約90万円)。花魁への心づけとして“なじみ代”や“床花”という祝儀も必要で、ひと晩で何と10両(約125万円)以上掛かったのだ。
 他の花魁との浮気も御法度。破れば制裁が加えられる。吉原は、性欲を発散させる場というより、男を磨く場所、一流の男であることを証明する場所でもあったのだ。

 もっとも、湧き上がる欲望を発散させるのは男と女の間ばかりとは限らない。それは、いつの世にも存在している“男色”、「陰間」の存在だった。
 男色趣味の客は意外に多く、吉原の高級遊女とならぶ揚げ代をとる者もいたという。ただし、20歳を過ぎればただの男。後家さんや大年増を相手に、細々と稼いだらしい。

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