葉加瀬マイ 2018年11月29日号

プロレス解体新書 ROUND25 〈巌流島決戦とは何か!?〉 猪木vs斎藤“2時間超えの死闘”

掲載日時 2016年11月05日 16時00分 [スポーツ] / 掲載号 2016年11月10日号

 1987年10月4日、プロレス史上でも例のない前代未聞の闘いが行われた。時間無制限、無観客、ノールールの果たし合い。
 アントニオ猪木とマサ斎藤が闘う舞台は、いにしえの巌流島。プロレスマスコミ以外からも注目を集める中、闘いの火ぶたは切って落とされた。

 新日本プロレスは'87年夏より、アントニオ猪木率いるNOWリーダー軍と、長州力、前田日明、藤波辰爾らNEWリーダー軍による世代闘争をスタートさせた。
 これはテレビ朝日が視聴率アップを見込んで主導したアングルであった。
 「しかし、リング上の結果がどうであれ、総帥の猪木が『ウン』と言わない限り世代交代などあり得ない。当の猪木も全盛期は過ぎたとはいえ、団体トップの人気選手であることに変わりなく、その座を譲るなどと言うわけがない。だから、ほかの選手は気持ちがまったく入りませんでした」(プロレスライター)

 その結果、タッグを組んだ長州と藤波が、どちらが猪木をフォールするかで争うという、複雑かつ難解なアングルが繰り返されるようになっていく。
 「専門誌を欠かさずチェックするマニア層にしてみれば、こういったいわゆるイデオロギー闘争に引かれる部分もあったでしょう。しかし、ベビーvsヒールの勧善懲悪を求める力道山時代からの古参ファンや、タイガーマスクの華麗な世界に憧れた少年ファンたちの多くは、こうした展開についていけずに離れてしまいました」(同)
 なおこの頃、ライバルの全日本プロレスは、長州維新軍の離脱で存続危機を叫ばれながら、明確に「天龍革命」という構図を示すことで人気復活の兆しをみせている。

 迷走する新日はテレビ放送が金曜から火曜に変更され、これがまた人気低下に拍車をかけた。
 「ビートたけしが“フライデー討ち入り事件”で謹慎となり、冠番組の『スポーツ大将』が休止を余儀なくされた。この人気枠をプロレスで埋めようとしたわけですが、視聴者はついてきませんでした。放映日変更で視聴習慣が崩れたというのもあるし、制作がスポーツ班からバラエティー班に替わったことで、熱心なプロレスファンの反感を買ってしまった」(テレ朝関係者)
 こうしたプロレスとバラエティーの差異、たけし絡みの関係性は、のちのTPG(たけしプロレス軍団)にまでつながっていく…。

 そんなドン詰まりの状況下、猪木がやにわにぶち上げたのが“巌流島決戦”だった。宮本武蔵と佐々木小次郎の故事で名高い決闘の舞台。そこで猪木がマサ斎藤と、無観客、時間無制限かつルール無用の果たし合いを行うという。
 最初こそ「なぜ世代闘争のさなかに旧世代同士が闘うのか」との疑問もあったが、その壮大なスケール感の前では、小さなことに過ぎない。前代未聞の闘いはプロレス以外の一般メディアも巻き込んで、大いに注目を浴びることとなった。

 それにしても、なぜ猪木はこの闘いに挑んだのか。
 「ブラジルで起業したアントンハイセルの破綻による億単位の借金に、“おしどり夫婦”と呼ばれた倍賞美津子との離婚危機…ちなみにこの離婚も、猪木が倍賞の親族にまで借金を頼んだことが原因だったようです。さらには新日自体の人気低迷も重なって、この頃の窮地は“自殺まで考えた”と、のちに猪木自身が話したほど。そんな中にあって、やけくそで一発大きな花火をぶち上げてやろうとの気持ちが、巌流島決戦となったわけです」(プロレス記者)

 ただ、本当にそれだけだったのだろうか?
 「観客など関係ない、こびない闘いをしたかったというのですが、だったら道場でやればいいこと。本音のところでは、あくまでもビジネスとして注目を集めたいという、プロデューサー感覚があったように思います。状況が悪いときほどデカいことを仕掛けて、逆境をはね返そうというのが猪木流ですから」(新日関係者)

 視聴率低迷にあえいでいたテレ朝が、巌流島の話題に飛びついて特番放送を決めたのはその一例。世代交代だのイデオロギーだのは細かなことで、根源的な闘いこそが真にファンへのアピールとなる。
 これは猪木一流の直観なのか、計算し尽くされたものなのか、いずれにせよそんな考えがあったのではなかったか。

 決戦当日、巌流島の上空には報道ヘリが4機、試合開始を今や遅しと待ち構えていた。武蔵よろしく30分遅れで猪木が現れ、ようやく闘いが始まる。
 一進一退のグラウンドの攻防は1時間以上にも及び、日が落ちるとリング周囲にかがり火がともされた。炎に照らされる中で死闘は続き、いつしか両者は血まみれになる。

 試合時間2時間5分14秒。猪木が斎藤をスリーパーで締め落とし、よろけながらリングを降りたところで決着となった。両者ともにひどい脱水症状に見舞われ、さらに猪木は鎖骨を、斎藤はみぞおち辺りの剣状突起を骨折していた。
 「藤波と長州が、それぞれの故郷、大分と山口の間にある巌流島で試合をしたらおもしろい、と話していたのを猪木がパクったとの話もありますが、果たして藤波と長州でここまでの試合ができたか。やはり猪木は偉大なんです」(プロレスライター)

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