紗綾 2019年8月1日号

インタビュー 『サーキットの狼』 作者・池沢早人師(1)

掲載日時 2012年09月24日 12時00分 [エンタメ] / 掲載号 2012年9月27日号

インタビュー 『サーキットの狼』 作者・池沢早人師(1)

 1970年代半ばから後半にかけて、日本で一大旋風を巻き起こしたスーパーカーブーム。ランボルギーニ・カウンタックやフェラーリ・512BB、ポルシェ930ターボなど、憧れの名車を一目見ようと、子供たちばかりか大人までもが、カメラ片手に全国各地のイベント会場に大挙して押し寄せた。きっかけとなったのが当時、週刊少年ジャンプに連載されていた『サーキットの狼』だ。主人公・風吹裕矢の駆るロータス・ヨーロッパは、非力なエンジンパワーながら卓越したコーナリング性能で、ライバルたちを次々に打ち負かしていき、勝負に勝つとボンネットに星マークが増えていくという展開が大ヒット。たちまちジャンプの看板マンガに上りつめた。

 ロータス・ヨーロッパは僕がこのマンガの構想を練っていたときに、実際に乗っていた車なんですよ。初めて街中で見たときに「なんて平べったい車なんだ!」って、ビックリしましたね(笑)。その前は日産・フェアレディZやトヨタ・2000GTに乗っていたんですが、2000GTを売って購入したくらいほれ込んじゃいました。
 当時、2000GTは250万円もする高級車だったんですが、ロータスはさらに高額で350万円くらいはしたでしょうか。24歳だった自分には、かなり大きな買い物でしたよ。軽量ミッドシップ(エンジンが車体中央付近に配置される構造)の車で、絶対速度は速くないんですけど、ドライバーの腕によってはコーナリングでパワーのある車を抜き去ることができる。そんな特徴もすごく魅力的でした。風吹裕矢が並み居るスーパーカー軍団に立ち向かっていくのも、ロータス・ヨーロッパのキャラクターとマッチしていて、ストーリーにもリアルに生かされている部分です。また、当時はF-1でフェラーリやロータスが活躍していた時代で、レース好きの僕としては、そんな部分も購入のきっかけでしたね。
 マンガではその他にも多数のスーパーカーが出てくるんだけど、みんな僕の周りにいる友達が実際に乗っていた車なんですよ。だから、それらの車を肌で感じ、触れていたので、マンガにも描きやすかったですね。もっともポルシェだけは高すぎて、そのころの自分では手が出なかったですけど(笑)。この当時に知り合った友人は今でも仲がいいですね。やはり趣味のつながりというのはいいものですよ。
 もともと、車自体にそんなに興味があったわけじゃなかったんですよ。当時は16歳から免許が取れたんで、高校の同級生が車を学校に乗り付けて自慢したりしてたんだけど、その後、事故で亡くなったりなんて姿を見ていたらすぐに乗りたいとは思わなかったですね。でも、20歳で免許を取って、実際に自分で車を運転するようになってから急に興味が出てきました。レースにも関心があったし、そういう世界観を描こうと思ったのが『サーキットの狼』が誕生するきっかけですね。主人公・風吹裕矢も物語の前半では街道レースをしてますが、後半からは本格的にサーキットの世界へとステップアップしていきますしね。

 1973年の第一次オイルショックに端を発する国内排出ガス規制(※当時、世界で最も厳しいとされた)によって、国産車がパワーダウンを余儀なくされ、実質骨抜きになっていた時代に、圧倒的なスタイリングとパワーを持った魅力的な車があることを『サーキットの狼』を通じて、皆が初めて知ったのだった。

 連載が始まって半年くらいたったころのことだったんですが、当時、週末になると仲間と東名高速や環八に走りに行ってたんですよ。駐車場に車を停めると「あの車なんだ?」って人が集まってくる。それが週を追う毎に徐々に増えていくんですね。「ああ、これはなんか来てるな」と、なんとなくブームの予感を感じました。その後は、もう皆さんご存じの通り。テレビではスーパーカーのクイズ番組が放映され、子供たちの間で“スーパーカー消しゴム”が大ヒットしました。まさに、日本中が大ブームという感じ。このころになると、僕が駐車場に車を停めた瞬間、子供たちが目をキラキラと輝かせながら集まってくるというより、群れてくるんですよ(笑)。自分の連載がきっかけで子供たちが喜んでくれるのが嬉しかったですね。

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