葉加瀬マイ 2018年11月29日号

プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「ビッグバン・ベイダー」あらゆる団体を制圧した“皇帝戦士”

掲載日時 2018年03月04日 18時00分 [スポーツ] / 掲載号 2018年3月8日号

 日米のプロレス団体を渡り歩き、いずれもトップを張ってきたビッグバン・ベイダー。日本プロレス史上においては飛龍革命や全日本プロレスの分裂など、節目となる時期に重要なポジションを担ってきた。まさしく歴史遺産にふさわしい存在である。

 新日本プロレスのトップの証しであるIWGPヘビー級王座と、全日本の歴史が刻み込まれた三冠ヘビー級王座。ベイダーはこの両タイトルを獲得した、唯一の外国人レスラーだ。
 「日本の複数団体で看板王座を獲得したということでは、新日でNWF、全日で三冠王座に就いたスタン・ハンセンもそうですが、本来はアメリカの団体であるNWFベルトを新日の象徴とするのは微妙なところ。国際プロレスでIWA、全日でUNとPWF王座を獲得したビル・ロビンソンも、2団体の看板を背負ったという意味では同じですが、記録として見たときにはやはりベイダーが一枚上となるでしょう」(プロレスライター)

 なおIWGPと三冠を獲得した日本人レスラーとなると、プロレスリング・ノアのGHCヘビー級も含めて3団体制覇を成し遂げた高山善廣と佐々木健介のほか、武藤敬司(グレート・ムタの名義でも両方を獲得)、天龍源一郎、橋本真也、小島聡がいる。が、いずれも三冠を獲得したのは、全日本がノアと別れて以降のことである。
 一方でベイダーの戴冠は、四天王がそろい踏みしていた当時のこと。ちなみにベイダーが両王座を最初に獲得したのは、いずれも前王者(藤波辰爾と川田利明)が負傷によりタイトルを返上し、それを受けた王座決定戦によるものだった。
 「あとで日本勢が取り戻すため、いったん外敵であるベイダーにベルトを預けたとみることもでき、実際にいずれも最初の防衛戦で敗れています。しかし、ベイダーはその1回だけの戴冠に終わらず、のちに王座に返り咲いており、そのときにはタイトル防衛にも成功しています」(同)
 こうしたベイダーの王座遍歴は、いずれの団体からも主軸として扱われてきた証拠だといえる。

 前腕部で相手をぶん殴るベイダー・ハンマーや自分の全体重を相手にぶつけるベイダー・アタックなど、基本的にラフファイトが持ち味だが、実はプロデビュー前にはブラッド・レイガンスの道場で、プロレスの基礎をみっちり叩き込まれている。
 米国中のスポーツエリートが集まるアメリカン・フットボールにおいては、学生時代にオールスターに選ばれたほどの卓越した運動神経の持ち主で、身長190センチを超える巨漢でありながら、ドロップキックやムーンサルトプレスなど空中技も軽々とこなす。それでいて他競技からの転向組に見られる妙なプライドの高さがない。
 「甲冑をかぶってスモークを吹き出したり、派手なパフォーマンスも嫌がらずにこなす。そこが各団体から重宝された一番のポイントでしょう」(専門誌記者)

 そもそも初参戦時に観客の暴動が起きた団体に(それも自分の責任ではなく、たけしプロレス軍団というつたないアングルが原因)、再度出場しようとは思わないだろう。しかし、ベイダーは団体側の期待に応え続けた。
 藤波が猪木に代わってのベイダー戦を直訴し、自らの髪をハサミで切ることから始まった、いわゆる飛龍革命も、ベイダーがスーパーヘビー級の壁として存在したから成立したのだ。

 全日本参戦時の2000年、ベイダーはチャンピオンカーニバル公式戦で、三沢光晴の裏十字固めで“腕を骨折”し、途中欠場を余儀なくされた。しかし、これについても「実際は折れておらず、三沢が同年の独立後に引き抜くことを念頭に、全日とベイダーの距離を置くための共謀だった」とする説がある。
 「総じて外国人選手は自己主張が強く、例えば、ブルーザー・ブロディのように、いつヘソを曲げるか分からない選手は、どうしても長期のアングルには組み込み難い。その意味でベイダーは、信頼できるレスラーだったわけです。ただ、あまりに団体側の要求に応えすぎると、ベイダーと同時期に新日のリングで活躍したクラッシャー・バンバン・ビガロのように、ファンから“プロレスのうまさ”ばかりが評価されるようになり、ヒールとしての怖さが減じてしまう。しかし、ベイダーがそうならなかったのは、持ち前の実力と肉体の存在感が圧倒的だったためでしょう」(同)

 UWFインターナショナルに参戦した1993年、神宮球場での高田延彦との対戦前に「ベイダーが急に負けアングルを拒んだ」とは高田自身の証言だが、実際、この頃にはアメリカでもトップに立っていたため、簡単に負けられないという部分もあったのだろう。
 しかし、本格的にもめたのであれば、翌年もUインターにベイダーが参戦していることへの説明がつかず、高田の2勝1敗となった通算の対戦成績から見ても、やはりベイダーが基本的にはアングルに忠実であったことが読み取れる。

ビッグバン・ベイダー
1955年5月14日、アメリカ・カリフォルニア州出身。身長193㎝、体重207㎏。得意技/ベイダー・アタック、ベイダー・ボム、ムーンサルトプレス。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

関連タグ:プロレスラー世界遺産


スポーツ新着記事

» もっと見る

プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「ビッグバン・ベイダー」あらゆる団体を制圧した“皇帝戦士”

Close

WJガールオーディション

▲ PAGE TOP