葉加瀬マイ 2018年11月29日号

世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第155回 単位労働コスト

掲載日時 2015年12月23日 10時00分 [政治] / 掲載号 2015年12月31日号

 中国の「単位労働コスト」が日本を上回ったことが話題になっている。「単位労働コスト」とは何だろうか。
 その前に、歴史の話をしなければならない。

 イギリスの植民地と化す前のインドは、世界屈指の綿製品の製造大国であった。インド産綿製品は欧州にも輸出され、大いに消費者に売れた。特に、国民が羊毛を中心とした衣料品しか知らなかったイギリスにおいて、着心地が良いインド産綿製品は爆発的な人気を呼ぶことになる。インド産綿製品は、メーンの出荷港がカルカッタだったこともあり、「キャラコ」と呼ばれていた。
 国内の衣料品市場をインド製品に席巻されたイギリス側は「保護貿易」に走った。イギリス政府は1700年と1720年の2度にわたり、インド産の綿布の輸入を制限、禁止するキャラコ禁止法を成立させる。
 まずは1700年に「イギリス国内の繊維業者を保護」することを目的に一部の綿布の輸入が禁止され、さらに1720年には再輸出用を除くすべての綿布の輸入が禁止されてしまったのである。

 イギリスは国内において綿製品生産に向けた大々的な設備投資、技術開発投資を行った。すなわち、産業革命である。綿製品の生産性向上を目的に、イギリスではさまざまな技術が開発され、最終的には1785年に蒸気機関を動力とした力織機をエドモンド・カートライトが発明。同国の綿布生産に関する生産性は、劇的に高まった。
 機械化により大量生産が可能となり、当たり前の話としてイギリス製綿布の値段は下がっていった。結果的に、イギリスは綿製品の市場でインドとの競争に勝つことが可能な価格競争力を手に入れたのだ。

 イギリスは機械で大量生産される綿製品を、自国市場はもちろんのこと、インド市場にも輸出していった。しかもイギリスは、かつての自分たちは「保護貿易」で自国の綿製品市場を守ったにもかかわらず、インドには「自由貿易」を要求。ムガール帝国に圧力をかけ、イギリス製綿製品について掛けられていた5%の関税を撤廃させた。
 関税という盾を奪われたインド側は、イギリスから押し寄せる安価で大量の綿製品になすすべもなく、国内の手工業的な綿布生産が、大げさでも何でもなく「壊滅的」な状況に陥ってしまう。それまで綿工業で繁栄を極めていたダッカ、スラート、ムルシダバードなどの街は貧困化の一途をたどり、当時のイギリスのインド総督が、
 「この窮乏たるや商業史上にほとんど類例を見ない。木綿布工たちの骨はインドの平原を白くしている」
 と表現するに至ったのである。

 この“歴史的事実”を読み、一つ、不審に感じた点はないだろうか。
 イギリス産綿製品がインド市場で売れていったのは事実だが、理由はインド産よりも「安価」だったためである。ということは、イギリスの人件費はインドよりも安かったのか。もちろん、そんなことはない。
 人件費が高いイギリスの綿製品がインド産よりも安くなってしまった理由は、イギリスの方が「生産性」が高いためである。製品一単位当たりの労働コスト、すなわち単位労働コストは、人件費のみで決定されるわけではない。

 例えば、イギリスの工員一人当たりの給与水準が月額20万円、インドが5万円だったとしよう。人件費のみを比べると、イギリスの方が労働者一人当たりで4倍ものコストが掛かってしまう。ところが、イギリスは産業革命により大量生産が可能となり、労働者一人でひと月に1000枚の綿製品を生産できたとしよう。対するインドは、手工業的な生産であるため、どれだけ頑張っても労働者一人当たり、ひと月に100枚しか生産できない。
 この場合、月あたりで見たイギリスの単位労働コストは、綿製品1枚当たり200円だ。それに対し、インドは500円。単位労働コストで見ると、インドで生産する方が「高くつく」という話になってしまうわけだ。生産者一人当たりの生産量、すなわち生産性の違いは、人件費以上に製品の価格競争力に決定的な影響を与えるのだ。

 現在、「世界の工場」といわれた中国の人件費が上昇を続けている。反対側で、日本の「グローバル」から見た人件費は、実質賃金低下や円安で下がった。
 結果的に、冒頭で書いた通り、日中の単位労働コストが接近し、ついに「逆転」してしまった。
 SMBC日興証券の試算によると、日中のドル建て単位労働コストは、1995年時点では日本が中国の3倍を超えていたとのことである。その後、'13年に中国の単位労働コストが日本を逆転。'14年以降も、差が埋まるどころか、むしろ開きつつある。すなわち、中国で生産をする方が、日本で生産するよりも「高くつく」時代に入っているのだ。

 ちなみに中国の人件費は年に1割程度の上昇が続いているが、JETRO=日本貿易振興機構によると、工員の平均月給は北京で566ドル(約7万円)、上海で474ドルとのことである。日本は2000ドル超であるため、賃金だけを見ればわが国の方が不利だが、生産性を加味した単位労働コストで見ると、中国の方が高いというのが現実なのだ。
 決定的に重要なのは、単位労働コストは“人件費のみでは決まらない”という点になる。すなわち、生産性の違いにより、単位労働コストは変わってくるのである。

 今後、わが国は生産年齢人口対総人口比率の低下により、人件費は上昇せざるを得ない。そうであったとしても、設備投資、人材投資、技術開発投資、そして公共投資という四投資により生産性を高めれば、単位労働コストで諸外国に優位な立場に立つことは可能なのだ。
 単純に「安い賃金」を求め、企業が続々と外国に雇用を移していくのでは、国民が貧困化し、将来的に日本は発展途上国と化す。
 それに対し、今後の日本企業が生産性向上により単位労働コストを押し下げる投資を拡大すれば、「国民が豊かになる日本」と「グローバルな価格競争力強化」を両立することは可能という真実を、今こそ日本国民は理解しなければならない。

みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。

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