菜乃花 2018年10月04日号

本好きリビドー(196)

掲載日時 2018年03月24日 15時00分 [エンタメ] / 掲載号 2018年3月29日号

本好きリビドー(196)

◎快楽の1冊
『アナログ』 ビートたけし 新潮社 1200円(本体価格)

 たまさか入った中華屋で、出てきた炒飯と餃子が油べちゃべちゃ。萎えかけた気分でふと店内のテレビに目をやると、初場所の中継で平幕同士、安美錦と千代丸の一番だった。
 顔のパーツが真ん中に集まった寝顔がかわいいとLINEスタンプにまでなる評判の若手・千代丸に比べ、40の声を聞くはずの安美錦は髪の生え際もかなり後退して往年の琴稲妻を彷彿とさせ、大銀杏を結うのもやっと。親類でも同級生でもないがほんの数分、気づけば肩入れしていた安美錦が相手を寄り切る瞬間を見届けた途端や不思議、口中の炒飯まで微妙に旨くなっていた。あらかじめ携帯アプリの食べログで選んだ店では味わえなかった体験だろう。
 いくらネットで在庫を検索確認してアマゾンに注文するほうが話が早くて時間も節約できるといわれても、やはり長らく探していた地味な絶版書を、ゆきつけの古本屋の棚に偶然発見した時の嬉しさは本好きには何物にも代え難い楽しみ。本書の読後感が正にそれだ。
 技術的な評価として巧拙だけを論じるなら「上手い」小説ではないかもしれない(冒頭から一人称と三人称のさりげない混在など)。登場人物の設定も著者が著者だけに「大阪」の「島田」とあれば嫌でもB&Bの洋七氏を連想してしまうし、ここに描かれる「愛」のかたちは余りにファンタジー過ぎてあり得ないと拒絶する向きも否定はしまい。
 しかし、最近とみに小綺麗小器用でケチのつけようのない作品ばかりに食傷気味の筆者には、この荒削りな文体はむしろ素朴に希少価値に思える。紛れもなく人の指先から生み出された木彫りの玩具のような、固い温もりに満ちている…とあえて手垢にまみれた表現で言おう。“素手”で書かれた小説である。
(黒椿椿十郎/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 今回紹介する本のタイトルは『日本人が知らされてこなかった「江戸」世界が認める「徳川日本」の社会と精神』(SBクリエイティブ/800円+税)という。
 題名だけ読むと何やら難しげだが、例えば、江戸時代の代表的な国策といわれているものに鎖国がある。だが、実は国を開いて諸外国との交流が盛んに行われていたという。また、幕藩体制という社会システムが、中央政府と地方をつなぐネットワークとして機能していたこと…など、徳川が治めた江戸時代が決して封建的で古びた社会ではなかったことが解説されている。
 現在の日本では、東京を始めとした都市圏と地方との格差が開く一方といわれている。また、「グローバリゼーション」なんて言葉がある。経済・産業・文化などが一つになっていく現象を指すといわれ、日本はこれが遅れがちともいう。
 ところが、江戸時代はすでに地方格差の解消もグローバリゼーションも進んでいた、とても快活な社会だったと本書は解説している。
 むろん徳川幕府の功績といえる。だが、そうした徳川の先進性を評価しているのはむしろ外国の人々であって、日本人はほとんど知らされていない。なぜ日本人は知らないのか? それは維新後の明治政府が、江戸の価値を歪めてしまったから…というのが、この本の趣旨である。
 著者はベストセラー『明治維新という過ち』(毎日ワンズ/文庫版は講談社)の原田伊織氏。日本の首都・江戸の隠された姿を、東京五輪を前に読んでおきたい。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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