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歌謡(うた)のマドンナ 第8回 永井みゆき だんじり育ちの血が燃える! 成長を続ける「演歌界のスカイツリー」

掲載日時 2016年04月02日 18時00分 [芸能] / 掲載号 2016年4月7日号

歌謡(うた)のマドンナ 第8回 永井みゆき だんじり育ちの血が燃える! 成長を続ける「演歌界のスカイツリー」

 −−だんじり祭で有名な岸和田出身の永井みゆき。CDジャケットのおしとやかな着物姿とは違って、実は熱いキャラである。
 「3歳から14歳まで毎年、だんじりを引いていました。女の子もみんなハッピを着るんです。スピードが出る中で綱にしがみついたまま引きずられたり、転んだりして、ケガは当たり前。毎年、着ているものがビリビリになっていました。私が住んでいた頃は、今よりもっと激しくて荒々しいケンカ祭りでしたね。私には身近すぎてそれが当たり前だったので、上京してから初めて、あんな危険と隣り合わせの祭りは他にないんだな、ということに気がついたくらいです(笑)」

 −−両親の影響で、ごく自然に演歌にふれながら育ったという。
 「子供の頃、最初に覚えて歌ったのが川中美幸さんの『ふたり酒』。童謡みたいな感覚で演歌を歌っていました。中森明菜さんとかのアイドルも大好きで聴いていましたけど、歌ってて一番気持ちいいのは演歌。だから演歌歌手しか目指していませんでした(笑)」

 −−中学1年の冬、坂本冬美なども輩出したプロ歌手への登竜門的大会である『関西演歌大賞』でグランプリを受賞した。
 「その時に作詞家のたかたかし先生に声を掛けていただきました。中学を卒業するまで待つという選択肢もあったんですけど、デビューするまでにすごく時間がかかると聞いていたので、早く東京に出て行ったほうがいいと…。両親を説得して、中学3年生に上がるタイミングで上京しました。先生のお宅に内弟子として住み込み、歌の勉強をしながら学校に通ったんです」

 −−高校1年生、16歳の時にデビュー。当時、演ドル(演歌アイドル)と呼ばれた草分け的存在である。
 「私がデビューした1992年は、各レコード会社から演歌を歌う10代の若い女の子がたくさんデビューした時期なんです。私の他に、田川寿美さん、大石まどかさん、細江真由子(みずき舞)さんなど。着物だったのは寿美さんだけで、あとはみんな洋服。私もフリフリのドレスを着て歌っていました。当時は洋服で演歌を歌うのがすごく珍しくて、雑誌で取り上げられる機会も多かったです」

 −−デビュー曲『大阪すずめ』は約20万枚の大ヒットに。日本レコード大賞の最優秀新人賞をはじめ数々の新人賞を受賞した。
 「今でも、この『大阪すずめ』で私を覚えてくださっている方が多くて。私が歌うと皆さんが一緒に口ずさんでくださるのはすごく幸せなことだと思います。いまだに“すずめちゃん”と呼ばれますね(笑)」

 −−演歌歌手の中では身長が高めの方。それゆえの悩みもあったという。
 「小学6年の時には160センチを超えてましたね。電車に乗る時に、子供料金で切符を買って乗ろうとしたら、料金ごまかしちゃダメだって怒られたくらい(笑)。デビューした時のプロフィールは身長164センチ。ステージで履くのはいつもぺったんこの靴。'98年に衣装がドレスから着物になったんですけど、既製品の着物だとサイズが合うものがなく、毎回作らないといけなかったので大変でした」

 −−しかし近年は、むしろ背の高さをアピールしている。
 「まだ東京スカイツリーが建設中の時に、近くの商店街でイベントを開催して以来、背の高さをかけて『演歌界のスカイツリー』と呼んでいただいています。実は、今もちょっとずつ成長していて、170センチを超えてるかも?」

 −−16歳でデビューした少女も、25年目を迎え、すっかり大人の演歌を歌える女性になった。
 「演歌は、若い時から背伸びして大人の曲を歌うことが多いんです。私も、自分の実際の年齢よりは年上の主人公を歌ってきて、その世界を表現するのが難しく感じることがありました。いろんな経験をした方が、若い時には出せなかった味を出せるようになると思います。同じ曲でも、年齢を重ねてから歌うと、お客さんの反応が違ったりしますし。以前はうまく歌えなかった曲が、だんだんと自然に歌えるようになっていくうれしさがありますね」

 −−それにしても、だんじりのことを話し出すと止まらない。祭りの季節が近くなると血が騒ぐという。
 「もう東京暮らしの方が長くなりましたけど、故郷の岸和田に対する思いはいつもあります。私、岸和田の歌を歌うのが夢なんです。6年ほど前に、私からお願いして『だんじりの女房』という曲を作っていただき、カップリングに収録しました。ただその曲も、だんじりを引く男性を見守る奥さんの立場から歌ったもの。だからいつか、だんじりを引いている方の立場から歌うのが夢ですね」

 −−岸和田といえば覚醒剤で逮捕された清原和博の出身地でも有名だが…。
 「清原さんは地元のヒーローでした。私は阪神ファンですが、清原さんは同じ岸和田出身だけに特別な存在で、『憧れの人は清原さん』とずっと言い続けてきました。今回、こういうことになってとても残念に思いますが、絶対に復活してくれると信じています」

ながい・みゆき=1975年9月22日大阪府岸和田市生まれ。
'92年2月『大阪すずめ』でソニーレコードからデビュー。同年、第34回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞。'01年7月テイチクレコードに移籍。4月27日には新曲『鳴り砂の女』を発売する。

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