葉加瀬マイ 2018年11月29日号

人が動く! 人を動かす! 「田中角栄」侠(おとこ)の処世 第3回

掲載日時 2016年01月24日 15時00分 [政治] / 掲載号 2016年1月28日号

 田中角栄は二田尋常高等小学校(現・柏崎市立二田小学校)で、開闢以来の秀才であった。尋常科6年、高等科2年を通じてほとんどが「甲」、今でいうオール5の成績であった。同校では、田中を越える成績を残した者は1人もいない。こうしたあまりの優秀ぶりに、教師から尋常科5年を終えると資格のある中学(旧制)へ行けと言われたが、田中は困窮する家計にこれ以上の迷惑は掛けられないと高等科に進み、これを卒業と同時に実社会へ飛び出したのだった。高等科卒業時には「総代」として答辞を読んでいる。

 その上で、なお向学心に燃える勉強家、努力家、一方で感性豊かな少年でもあった。筆者は尋常科4、5年時に田中のクラス担任だった金井満男教諭を取材したことがある。金井教諭は田中の往時を、次のように懐かしがったものだ。
 「田中は家計が許せば中学から高校(旧制)へ進み、東大法学部から大蔵省(現・財務省)に入って当然の子だった。そのくらい頭脳は飛び抜けていた。学校も高等科卒業までの8年間、1日たりとも休んだことがなかったほどの頑張り屋でもあった。その上で、悪ふざけということを絶対にせず、人の情に通じた子でもあった。ある日、私が『実家にキノコを送りたいので、すまんが裏山で皆で取ってきてくれんか』とクラスの生徒に頼んだことがある。級長だった田中は、『先生は親孝行だ。よし皆で頑張ってたくさん取ろう』と率先、生徒を促してくれた。結局、カゴに3杯分も取ってきてくれたので、私は『こんなにいらんから皆で分けるように』と言ったんだが、田中にこう叱られましたよ。『先生、何言ってるッ。近所、隣に分けてやれば皆が喜ぶじゃあないですか』と。他の生徒とは、何かが違っていた」

 田中の向学心は並々ならぬもので、在学中に明治大正文学全集を読破、姉たちが読む「婦女界」「キング」といった雑誌まで読みふけった。また、漢詩にも興味を持ち、これを書き写すことで書も相当な腕前になっていった。後年、政治家になった田中は「不動心」などと色紙によく書いたが、その筆致は書家の折り紙付きだったのだ。ちなみに、高等科卒業後、すぐ就いた新潟での救農土木工事での作業中、土木派遣所の工事監督の仕事のさなかでも、中学の講義録を取り寄せて読みふけっていたのだった。
 一方で、尋常科時代には講談雑誌もよく読んでいた。これにはワケがある。田中は2歳のときジフテリアにかかり、高熱で生死の境をさまよったことがあった。これが原因で、発音が不自由な吃音症にかかった。目下や犬などに声を掛けるときはスムーズにいくのだが、目上を前にするとたちどころに声が詰まった。しかし、歌うようにリズムに乗せると、不思議とうまく話せるのである。その克服のため講談雑誌を読み、リズム感を体得すべくこれをことごとく暗唱したということだった。
 やがて浪曲の名作『天保水滸伝』『杉野兵曹長の妻』『壺坂霊験記』も立て板に水、歌舞伎『弁慶安宅の関』の弁慶のセリフもすでに尋常科学芸会でスラスラ、見事に吸収していったのである。

 前出の金井教諭はこうも言った。
 「当時、二田村あたりには“チョンガリ節”と呼ばれた浪曲の興行がよくかかった。田中が何度となく『先生、チョンガリの見物に連れてってくれ』というので、やむなく連れていってやった。その後が大変だった。翌日の昼休みの教室で、昨日聴いたばかりのチョンガリを級友に聞かせるんだ。これが、何ともうまい。普段のように詰まることなく、声のシブさから物語り方まで本職顔負けです。この記憶力の底知れなさには、私も思わず舌を巻いたのを憶えている」

 その「底知れぬ記憶力」は、その後も遺憾なく発揮されている。大蔵大臣時には課長以上の顔はもとより、経歴あるいはその結婚記念日まですべてが頭に入り、廊下で出くわしたりすると、「○○君、今度結婚記念日だろう。奥さんと目白(自宅)へ遊びに来い」などとやる。声を掛けられた課長は「大臣はこんな課長のオレに、そんなことまで気に掛けていてくれるのか」で参ってしまい、結果、“田中人脈”に組み入れられていったのだった。
 また、地元新潟支援者のジイサン、バアサンの氏名を一度耳にすれば、たとえ3年後にひょいと出くわしても、何とフルネームで声を掛けることができた。「あの田中先生が私の名前を覚えていてくれた」でやはりジイサン、バアサンは大感激。選挙の際は自分の仕事を放り出しても田中への1票に駆けずり回ることになる。田中が常に選挙で圧倒的な票を出し続けた要因の一つだったのだ。

 かくて二田尋常高等小学校を卒業した田中は、新潟で1年ほど建設作業員、工事監督をやったあと、念願の上京を果たした。しかし、田中にとって東京は戸惑いの連続、とんでもないところであった。
(以下、次号)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材46年余のベテラン政治評論家。24年間に及ぶ田中角栄研究の第一人者。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書、多数。

関連タグ:「田中角栄」侠(おとこ)の処世

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