菜乃花 2018年10月04日号

プロレスラー世界遺産 伝説のチャンピオンから未知なる強豪まで── 「三沢光晴」必殺技のエルボーに見る“三沢プロレス”の神髄

掲載日時 2018年07月01日 15時00分 [スポーツ] / 掲載号 2018年7月5日号

 先の6月13日、三沢光晴がリング禍で亡くなって9年目を迎えた(46歳没)。ファンや関係者、レスラー仲間から絶大なる信奉を集めた三沢の実像は、得意技ひとつを取ってみてもうかがえる。まさしく早世の天才であった。

 三沢の代名詞ともいえるエルボー。その最初は1990年、2代目タイガーマスクの仮面を脱ぎ捨て、素顔の三沢としてジャンボ鶴田に挑む際に使い始めたものである。
 ジュニアヘビー級が相手のときのように、スープレックスでは簡単に投げられないし、蹴りや跳び技もそれまでのやり方では当たりが軽く、大きなダメージを与えられない。そこで「スーパーヘビー級が相手でも通用する技」として、フェイスロックとともに採用したのがエルボーだった。

 三沢以前にも、エルボーの使い手とされるレスラーは多かった。ビル・ロビンソンやドリー・ファンク・ジュニアは、華麗なエルボー・スマッシュで相手をなぎ倒した。
 ダスティ・ローデスやスタン・ハンセンは、荒々しいファイトの中で重量級のエルボー・スタンプを脳天に打ち下ろした。
 アブドーラ・ザ・ブッチャーは“毒針殺法”と称して、エルボー・ドロップをフィニッシュに用いた。

 しかし、これらのいずれもが、相手の動きが止まったところで使われるのに対し、三沢のエルボーが革新的だったのは、どんなタイミングでも自在に放たれる点にあった。
 試合序盤に機先を制するとき、相手の攻勢を切り返すとき、そしてフィニッシュと、いついかなるときにもエルボー。師匠ジャイアント馬場の空手チョップがそうであったように、三沢はエルボーひとつで、試合を組み立てられるだけのバリエーションを生み出した。
 さらには試合の状況や相手の力量によって、前腕を打ち付ける、スマッシュ風にかち上げる、全体重をかけて肘の先端をぶち当てる…というように、打ち方そのものも使い分けた。

 これほど多彩なエルボーを駆使したレスラーは、古今東西を見渡しても三沢以外にいない。そして、これを本格的に継承しようとする者もいない。
 いや、できるレスラーが他にいないという方が正しいだろう。

 「ルール上で肘打ちが認められる格闘技にムエタイがありますが、それでも肘ばかりを使う選手はまずいない」(格闘技ライター)
 なぜかといえば、答えは単純明快。そう簡単に「当たらない」からである。
 まともに入れば一撃KO必至。かすっただけでも相手の額やこめかみを引き裂き、大流血TKOに追い込めるまさに必殺技のエルボーだが、肘を曲げるぶん、パンチやキックに比べて射程距離が短い。
 そのため、首相撲などの接近戦で使うか、相手の攻撃にカウンターで合わせるか、威嚇目的で肘を振り回すか、あるいは敗戦濃厚となったときに一か八かの逆転を狙って放つぐらいしかなく、最初から肘打ち狙いに出ても軽くいなされるのがオチなのである。

 これに対して、なぜ三沢のエルボーが当たるのかといえば、むろんプロレスというジャンルの特性が、相手の技を受けるものだからという事実はある。
 しかし、いくら相手が受ける気でいても、観客の目に違和感がないよう懐深くまで踏み込んでエルボーを当てるとなると、そう簡単なことではない。体さばきや当て感など、相当な技量が求められるのだ。
 また、威力抜群なだけに、当たり所が悪ければ顔面骨折などの大けがを負わせることになりかねない。そうした事情を考えたときには、とても安易に使えるものではないのだ。
 「だったらチョップや張り手にしよう」というのが普通の感覚であり、当たり前のようにエルボーを使いこなした三沢は、やはりただ者ではないのである。

 さらに言えば、「三沢だから許された」という点もあるだろう。
 大相撲においてエルボー風のかち上げを多用した白鵬は、「横綱の品格に欠ける」と非難を受けることになった。それ以前には大砂嵐が、まさにエルボー・バットとしか言いようのない横殴りのかち上げを使用し、物議を醸していた。
 一般的にはそれぐらい、エルボーは荒っぽく乱暴な技と見なされているし、プロレスにおいても武藤敬司のフラッシング・エルボーやザ・ロックのピープルズ・エルボーなど例外はあるが、基本的には大型のラフファイターが使用するものだった。

 しかしながら、エルボーを多用する三沢に対して「品格に欠ける」という声はまったく聞かれず、ラフファイターと評されることもない。
 三沢のプロレススタイル全般を通して見れば、まさしく馬場直伝の正攻法であり、自分勝手な乱闘を好まず、試合と無関係なパフォーマンスなどもほとんど見せることはなかった。
 また、エルボーをハードヒットさせる一方で、相手のどんな過激な技も受けきってみせた。そうした“三沢プロレス”の格調高さを、ファンは無意識のうちに感じ取っていたのである。

三沢光晴
1962年6月18日〜2009年6月13日、北海道夕張市生まれ、埼玉県越谷市育ち。身長185㎝、体重110㎏。得意技/エルボー、エメラルド・フロウジョン。

文・脇本深八(元スポーツ紙記者)

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