森咲智美 2018年11月22日号

本好きリビドー(167)

掲載日時 2017年08月23日 14時00分 [エンタメ] / 掲載号 2017年8月24・31日号

◎快楽の1冊
『神さまたちのいた街で』 早見和真 幻冬舎 1500円(本体価格)

 高校の時、1年下の美少女に恋をした。
 与太や冗談を飛ばせば敏感に反応して、つぶらな瞳を見開きながら満面に笑みを浮かべ、こちらの顔ごと覗き込んでくる可愛さ。とはいえ意気地なく何もできず、淡いというのも憚られる片思いのまま先に卒業して、10年の歳月が流れたある日のこと。
 滅多に帰らぬ実家に戻るとどう伝手をたどったか彼女からの伝言が残され、「会いたい」という。思えばその瞬間訝るべきだったが、何しろまだ当時20代。心ひそかに躍らぬわけがない。浮き足立って赴いた待ち合わせ場所には、ところが彼女の横になぜかもう1人、得体の知れぬ小柄な女が当然のような態度で寄り添っていた。
 特に怪しむでもなく食事でも、と移った店での久々の会話は驚異的に弾まない。あの手この手の漫談も功を奏さず、新たな話題を探そうと焦りかけたその時――。
 「居島さん、南無妙法蓮華経って信じますか?」
 それまで能面のような表情を一変させた彼女の口から迸り出たその台詞を受けて、隣の女が滔々と教義を説き始めた…。
 本作の主人公は、いわばそんな経験をまだ年端もいかぬのに徹底的に味わわされてしまう少年少女たちだ。
 思いを寄せていた異性、強い親しみを覚えていた大人、そして、何より全幅の信頼でつながるはずの肉親が、ある日、ある時、突如として未知なる生物に変貌するさまを目撃せねばならない破目に陥った際の、絶望じみた悲しみと底なしの寂寥感を描いて余すところない。
 中でも、主人公を支える龍之介の健気さがたまらない。今どきの子供はかくも成熟してなきゃやってられないのか。
 未来は明るいと強気で言おう。
(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 作家の宮本輝氏が1985年に発表した『避暑地の猫』は、軽井沢の別荘を舞台に男女の愛欲が絡み合う濃密なサスペンス小説だった。'98年にはTVドラマ化もされている。高橋恵子の妖艶な演技を記憶されている読者諸兄もいるだろう。
 夏の避暑地といえば、かつては情事と結びついてとらえられていた。そんな時代を代表する傑作として、この機会に文庫版を紹介したい。
 物語は、主人公が17歳の時に起こした事件を回顧するというもの。主人公の父母は、ある資産家が所有していた別荘の番人をしていた。そして、別荘の地下室では、資産家の主人と父母との間に交わされた密約が行われており、主人公の美しく狡猾な姉も加担していた。その事実を知った主人公は、ある行動に出る――。
 カネ持ちで鼻もちならない資産家と、彼ら一族に従属して暮らすことを余儀なくされている貧しい別荘の番人一家という、いかにもドロドロとした人間関係が、否が応にも昭和の避暑地を思い起こさせ、ドキドキ感が止まらない。
 さらに高級な別荘の怪しげな地下室で男を虜にしていく女たち。
 軽井沢に立ち込める霧を嫌い、自分を取り巻くすべてをブチ壊してやりたいという衝動を抑えられない、若き主人公。
 '07年に講談社(530円+税)より発売されており、現在でもAmazon等で購入できる。
 人間の暗部を抱えた者たちが入り乱れる濃厚な愛憎劇を、ぜひこの夏、読んでほしい。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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