世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第16回 インフレ率2%で「完全雇用」を目指す

政治・2013/03/06 15:00 / 掲載号 2013年3月7日号

 安倍政権と日本銀行は、物価安定目標(いわゆるインフレ目標)2%とする共同文書を発表した。なぜ、2%なのか。1%で十分ではないのか。あるいは、これだけ国民がデフレに苦しめられている以上、いっそ3%、4%のインフレ目標を掲げるのではダメなのだろうか。
 答えは「現在の日本にとっては2%が最も適している可能性が高い」になる。インフレ目標は、あくまで2%に設定する必要があるのだ。なぜだろうか。

 理由は、フィリップス曲線だ。フィリップス曲線とは、1958年に英国の経済学者アルバン・ウィリアム・フィリップスが論文で発表した考え方による。すなわち、
 「インフレ率が高い時期は、失業率が下がり、インフレ率が低い時期は、失業率が上がる」
 と、インフレ率と失業率がトレードオフの関係になるという仮説だ。

 インフレ率が高ければ、失業率が低下する。逆に、インフレ率が低い、あるいは「デフレ」の時期は失業率が上昇する。本当だろうか?
 上記の類の疑問を持った際には、実際に日本のフィリップス曲線を作成してみればいいわけだ。日本の国内マスコミで、我が国のフィリップス曲線を作成し、国民に紹介したところは皆無に等しい。というよりも、そもそもフィリップス曲線という単語自体が新聞に載らない。

 日本のフィリップス曲線は、実に美しい姿をしている。
 左の図(本誌参照)は、1981年から2010年までの日本のインフレ率と失業率をマッピングしたものだ。すなわち、我が国のフィリップス曲線である。インフレ率がプラスになれば失業率が下がり、逆にマイナス(すなわちデフレ)になると失業率が上昇しているのが確認できるだろう。
 日本国は、GDPデフレーターベースのインフレ率が2%に上昇すると、失業率が2%台前半に下がる。また、少なくとも'81年以降は、インフレ率が3%に達しても、失業率は2%未満には下がらない。すなわち、我が国にとって失業率2%とは「完全雇用」に近い状況なのである。

 なぜ、インフレ期には失業率が下がるのか。
 インフレとは、物価の継続的な上昇を意味している。物価が上がるとは、反対側(通貨側)から見ると「おカネの価値」の下落になる。同じ金額のおカネで、買えるモノやサービスが次第に小さくなっていくわけだ。そして、おカネの価値が低下すると、企業が借金をした際に、負債の実質的な価値が何もしなくても小さくなっていく。企業にとって、インフレとは「おカネを借りやすい環境」を意味するのだ。
 さらに、物価の上昇により、企業はモノやサービスを同じ「量」販売するだけで売上が拡大する。売上が拡大するということは、利益も増大しやすい。
 借金をして設備投資をすると利益が増え、企業は儲かる。しかも、何もしなくてもインフレにより借金の実質的な価値が下がっていく。
 すなわち、投資効率が高まるというわけで、インフレ期には企業の設備投資意欲が一気に高まるのだ。

 しかも、日本円の価値が下がると、円安が進行しやすい。円安になると輸入物価が上がり、国内のモノやサービスの価格競争力が高まる。
 さらに、円安の影響で、輸出企業もグローバル市場における競争力が強化されていく。デフレ下では避けられない、工場の海外流出(いわゆる空洞化)にもストップがかかり、逆にリショワリング(工場などが国内に回帰すること)が進む。インフレ率上昇が為替レートの下落をもたらし、それが企業の「国内生産」を増やすことになるわけだ。

 企業がお金を借りやすく、売上が増える可能性が高い。さらに円安で、国内生産品の価格競争力が高まる。企業にとって、設備投資をすると「儲かる」環境が創出されるのだ。
 インフレ率が高まり、企業が「儲ける」ために設備投資を拡大すると、当然ながら国内で雇用が生まれていき、失業率が下がるというプロセスが進むわけだ。
 安倍政権はインフレ率を2%に引き上げることで、企業の投資を拡大し、失業率2%、すなわち「完全雇用」を目指しているのである。

 もちろん失業率が2%に落ちると、国内全体で人手不足が進行し、賃金水準は上がっていく。
 新聞などの大手マスコミは「インフレ率2%を達成しても、一般国民の賃金は上がらない」などと主張しているが、そんなことはない。
 例えば、現在の東北地区は東日本大震災の復興需要が膨らみ、建設産業が完全な人手不足に陥っている。当然、建設事業に携わる労働者の賃金水準は上昇している。

 念のため書いておくが、日本のように美しいフィリップス曲線が描ける国はそう多くはない。
 アメリカの場合、インフレ率が上昇(需要過多)しても、外国からの輸入で対応してしまうため、国内の雇用環境が改善しにくいのである。アメリカの貿易赤字がどれだけ膨らんでも、生まれるのは「外国の雇用」に過ぎない。
 しかし、日本は異なる。安倍政権の「実績」についてはいまだ語れる段階ではないが、少なくとも「インフレ率2%により完全雇用を目指す」という方向性は正しい。

三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。

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