林ゆめ 2018年12月6日号

達人政治家の処世の極意 第二十一回「石田博英」

掲載日時 2015年10月18日 14時00分 [政治] / 掲載号 2015年10月22日号

 勝負することはつらい。誤解、誹謗、孤独、必ず来る。私はこの孤独に惹かれているのだ。

 常に決断力が要求される政治家は、ある意味、誰もが勝負師と言っていい。しかし、国会議員在任中に大勝負を打てる政治家はザラにはいない。そうした中で、一世一代の大勝負を打ち、戦後政治史に一頁を残したのが石田博英であった。博英は「ヒロヒデ」と読むが、その“博才”から「バクエイ」で定着していた。

 石田の大勝負は、昭和31年12月の自民党総裁公選にあった。時の立候補者は岸信介(安倍晋三首相の祖父)、石井光次郎(後に衆院議長)、そして石田らが推した石橋湛山の3人であった。石橋は第2次大戦中の軍閥官僚による言論統制下にありながら東洋経済新報社社長として一貫して自由主義の立場を守った言論人で、戦後、追放されたが解除後に政界入りした。石田は党人派として吉田茂元首相の流れを汲む官僚政治家への反発と、石橋のその気骨に心酔していたということだった。
 戦前予想は「岸優勢」だったが、石田の度胸と知謀により決戦投票でわずか7票差で石橋が「奇跡の大逆転」で岸を破り、首相の座に就いた。時に、石田は渾身の一手を連発したのだった。

 決戦投票での勝敗は、第1回投票で脱落した石井の票をどう取り込むかにかかっていた。石田は、岸陣営が決戦投票では石井票はわが方に来ると楽観していたのを尻目に、その裏で票のブン取り工作に腐心、石井票の多数に石橋支持を取り付けていたのだった。しかし、実際は確実にその票が入るかはフタを開けてみなければ分からなかった。
 集計結果は岸251票、石橋250票と、わずか1票差で岸の勝ちだったが、その後、何と未集計票が8票出て来たのである。選挙管理委員でもあった石田のヒラメキが、ここで出た。岸支持の総裁公選議長に、「この際、休憩としたらどうか」と囁きを入れたのだった。未集計票を知らぬ議長は、石田が石橋の負けを見越してのそれだと直感、「休憩はしない」と断言した。議長は、岸251票での勝利を確信していたのである。

 ところが、その後、未集計の8票が明らかにされ、その票はすべて石橋票であった。当時を取材した政治部記者の証言が残っている。
 「仮に休憩していたら、その間に未集計の8票が握りつぶされる可能性があった。ここが、石田の勝負師のゆえんだった。一発勝負の場だ。石田は負けを覚悟したように議長に休憩を要請、議長にノーを言わせたことで未集計票がすぐ出るハメになった。石田はその後、言っていた。『休憩を議長がのんだら石橋の勝利はなかった。さすがのオレも心臓の鼓動が高まったが、議長が休憩はノーと言ったところで勝利を確信した』と」
 石田はこの「奇跡の大逆転」の石橋内閣で晴れて官房長官になり、その後の内閣では5回も労働大臣を務めた。一貫した攻めの姿勢で「石田労政」の名を残した。

 その石田は、一方で「自由人」でもあった。趣味、遊びは、麻雀、オンナ、絵の収集、バラづくり。さらには政界入り前は日本経済新聞の前身の中外商業新聞記者だったこともあり、随筆の著作など多彩であった。
 オンナは銀座で盛名をはせたが、シッポをつかまれることはなかった。麻雀は政界一の強さで知られており、「オレはスエズ運河以東で一番強い。もっとも西の方の人とはまだ手合わせはしていないが」と「世界一」を自負していた。オンナも麻雀も、ナカナカの勝負師だったのだ。

 そうした中で、この勝負師の心情が表われているのが、石田の著作、あるいは筆者が直接インタビューした表記の言葉となっている。随筆集『勝負の孤独』では、次のように続けている。「(勝負師は)独りで責任を負う。自分だけが(勝負を懸ける)正しさを知っている。自分の企図が成功した時、かえって深く孤独感が身に染みるのだ」
 政治家に限らず組織にいる人間は、もとよりその司、司で決断力を要求される。その重い決断が正しかったにせよ間違っていたにせよ、ある種の徒労感が付いて回る。徒労感は、孤独感に通じる。その孤独感を楽しめるのも、また勝負師の特権でもある。孤独感は、誰でも楽しめるものではないということである。

 石田はその後、佐藤栄作首相の「3選」時の総裁選で対抗馬に三木武夫を担ぎ、佐藤の参謀格だった田中角栄の腕力の前に敗退した。「カクエイVSバクエイの知恵比べ」と言われた。敗軍の参謀・石田は言っていた。「一世一代の仕事は、二度やれと言ってもそれは無理だ。人間、本当の勝負は一生に一度しかできないものなのだ」と。=敬称略=

■石田博英=岸、池田、佐藤、福田内閣で労働大臣を務めたほか、運輸大臣(第47代)、内閣官房長官(第16、17代)、衆議院議院運営委員長(第6代)などを歴任。あだ名は「バクエイ」(博英の音読み)。

小林吉弥(こばやしきちや)
 永田町取材歴46年のベテラン政治評論家。この間、佐藤栄作内閣以降の大物議員に多数接触する一方、抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書多数。

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