菜乃花 2018年10月04日号

天下の猛妻 -秘録・総理夫人伝- 中曽根康弘・蔦子夫人(下)

掲載日時 2018年01月10日 08時00分 [政治] / 掲載号 2018年1月11・18日合併号

 中曽根康弘を評して、政界の「風見鶏」との異名があった。「風見鶏」は、風の吹き様でクルクルとその向きを変える。また、自分に利ありとすれば、批判していた勢力と手を握るなど、思想、信条、信念はどうした、とのヤユの声もある。
 なるほど、その“政界遊弋史”をめくってみると、当たらずとも遠からずが散見できる。7年8カ月の戦後最長期政権を維持した佐藤(栄作)内閣のときが、その白眉とも言えたのである。

 中曽根は将来を期して中曽根派を旗揚げした頃は、「佐藤政権批判の精神をあくまで貫く」としていたが、冷や飯期間の長さにシビレが切れたか、第2次改造内閣で声を掛けられるとさっさと運輸大臣として入閣してしまった。中曽根派内では「それはおかしい」の声が渦巻いたが、中曽根は次のような“弁舌”でその不満を押え込んだのだった。
 「(反主流派にあって)いつまでも犬の遠吠えでは効果がない。刀の切っ先が相手に届くためには、まず相手に近づく必要がある。佐藤総理のために入閣するのではなく、政治家として、堂々、国家国民のために働くためであります」

 中曽根を取り込んだ形の佐藤は、中曽根を第3次内閣でも防衛庁長官に起用。中曽根としても出世の階段を登り始めたことを実感したか、この防衛庁長官時には「私は沖縄の施政権返還が成るまで佐藤総理を守るッ」とも“宣言”し、佐藤を喜ばせ、中曽根は次の改選人事では今度はまんまと党3役の一角、自民党総務会長のポストを手に入れてしまう結果にもなった。
 その佐藤政権後は、それまで距離があった田中角栄の「角福総裁選に臨む」と佐藤の意向を蹴った形で田中を支持、田中内閣では通産大臣など約2年後の退陣まで、ぶっ続けで大臣のイスに座り続けたのだった。
 また、田中が金脈問題などで退陣をよぎなくされる寸前には、微妙に体をかわしていたのが功を奏し、次の三木(武夫)政権下では総理・総裁を目指す者には必須ポストとされる幹事長のイスが転がり込んだといった具合だった。
 さらには、その三木政権が潰れると、そのあとの福田(赳夫)政権下ではさすがに三木と“同罪”で野に下らざるを得なかったが、その後の大平(正芳)政権の前半では非主流派改メ反主流派に転じ、しかし、後半には反主流派改メ主流派入りと、なんとも目まぐるしかったのである。

 こうした「風見鶏」ぶりに、中曽根派幹部だったのちに首相のイスにも座った宇野宗佑は、かつて筆者に次のような“助け舟”の弁を語っている。
 「日本人は伝統的な農耕民族だから、種まきや収穫のときは、風向きや天候の具合をつかまえなければいけない。つまり、日本人は本質的に『風見鶏』でなけりゃいかんのです。政治家も同様で、その時々の柔軟な対応をしていくのはしごく当然なことです。中曽根さんは、堂々、口にしていたナ。『偉大な政治家は偉大な風見鶏である』と」

 しかし、政治家である中曽根は言葉でどうにも切り返せるが、「風見鶏」批判の声が届く妻・蔦子は“忍道”を余儀なくされる。このあたりの蔦子の心情を、中曽根家と親しかったかつての政治評論家・三宅久之が、次のように筆者に語ってくれたことがある。
 「夫人は言っていましたね。『中曽根はちょっと“スタイリスト”なところがあるので、風見鶏だのタカ派などと言われていますが、私は信念居士だと確信を持っています。タカ派についても、本当は平和論者なんです。実の弟を特攻隊で戦死させているし、自分でも戦争の悲惨さをいやというほど味わっている。それが、なぜタカ派と決めつけるのか分かりません』と。
 夫人は中曽根がまだ陣笠の頃、選挙の応援で地元に入ったら『そんなにフダ(票)が欲しかったら土下座してみろッ』の声が飛んだとき、その場で泥道に本当に土下座もしてみせている。総理になったときも、中曽根派の議員から防衛問題、農業問題などを懸命に耳学問していた。熱心にノートを取っていた。まず、愚痴は言わない。歴代総理夫人の中でも、その気丈さと芯の強さは有数と言っていいのではないか」

 一方、中曽根はと言うと、こうした妻を「80点」として、ゼイタクな“採点”をしている。
 「自分は若い頃から夢中で仕事ばかりしてきて家庭をかえりみなかったから、まあ60点くらいの夫でもあった。妻は、80点止まりだナ。聖母マリアとか、観音様とか、キューリー夫人とかが合わさったのが私の100点満点の女性だから、それを考えれば20点不足している」

 中曽根は大きすぎる言動と振幅はあったものの、総理として経済はゼロだが、とくにその外交のリーダーシップぶりが評価され、高い内閣支持率を維持し続けて約5年の長期政権を維持した。現在、じつに99歳。講演などでもかくしゃくとして論旨明快、驚異の「怪人」ぶりを誇っているのである。=敬称略=
(次号は竹下登・直子夫人)

小林吉弥(こばやしきちや)
早大卒。永田町取材48年余のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『決定版 田中角栄名語録』(セブン&アイ出版)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。

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